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「だ、大丈夫だった!?」
玄関を開けると心配そうな顔をした和樹が待っていた。
「大丈夫よ。それよりおじさんなんだけど、もう治ったって」
なにごともなかったように由美が微笑む。
「え、ほんとに?」
「うん。ほんとよ。だからもうお金は払わなくてもいいって」
由美がうしろを振り返ると、男が何度も首を縦に振ってうなずいた。
「ほらね。だからもう大丈夫よ」
「あ、ああそっか。ならよかった。俺さ、由美になんからあったらすぐにドアを破って入るつもりだったんだ」和樹がまじめな顔で由美の肩を抱いた。すごく手が熱い。「話がついてよかった。由美には感謝してる。まじでありがとな」
周りで救難信号を発する人がいれば力になってやれ。それが由美の父の口癖だった。
幼いころは素直に父の言葉に従っていたのに、いつからか正しいことばかりを求める父のことをうざいと感じるようになった。だから反発した。
素行不良で何度も学校から呼び出しを受ける由美のことを母はあきらめていたが、父はあの言葉を言い続けた。
だけど、そんな父に肺ガンが見つかった。ステージⅣ。すでに手遅れだった。
父が亡くなってから由美は変わった。母親のことを思いやれる娘になり、悪友とも縁を断った。
あの日、病床で父が残した言葉。
「おまえの周りで救難信号を発する人がいれば力になってやれ」
その言葉はあとからじわじわと胸に沁みた。
由美は、父の入る仏壇に手を合わせ、誓った。
由美はその約束を守ったのだ。
「メシおごるよ」という和樹に由美は朝つくったおにぎりを渡す。
「おにぎり食べて。今日はバイト休んじゃダメだよ」
「お、おう。わかってる」
照れ臭そうに和樹がおにぎりを受け取った。
「ごはんはまた今度ランチで。セットでもいい?」
抜け目なく約束をする。
「ははは、もちろんだよ。なんだって好きなもん頼んでいいぞ」
和樹が空を見上げて笑った。つられて由美も空を見上げる。
空には雲がなく、強い日差しの下、蝉たちが元気な声で鳴いている。
ハンカチを出して汗を拭ったとき、二人のあいだに温い風が抜き抜けた。
外はこんなに暑いのに気持ちはとても爽やかだ。
和樹が笑顔を見せたことに由美は幸せな気持ちになった。
「あたしもバイトはじめたら、和樹くんにごちそうしてあげるね」
由美は拳に力をこめるとあらためて誓った。彼のために。
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