月夜

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月夜

この家に勤め始めた日。その日から決まっていた事だ。わかっていたはずなのに。どうして今になって後悔してしまうのだろう。本当は、俺だって……生きていたかった……。 「御影がまたお手付きしてるー!!」 元気な声を部屋に響かせたのはこの家の長男、常世颯太(ときせそうた)。 明朗快活な性格をしており、いつも元気であふれている。その姿は周りをいつも元気づけていた。 「ごめんな、颯太。俺今日は調子悪いみたい。」 「そっかぁ。じゃあ、元気になるおまじないしてあげる!」 颯太に御影と呼ばれた青年は内海御影といい、4年ほど前から常世家に仕えている使用人だ。そんな颯太は御影に「おまじない」と言ってかるたをしている手を止めた。 「おまじない?」 「うん!こうやってね、僕をぎゅーってするとみんな元気になるんだよ!」 調子の悪い御影にぽてぽてと歩み寄り慣れた手つきで御影の腕のうちに収まった。 「ぎゅーってして?」 「わかった。ぎゅー!」 颯太を腕の中に包み、優しく抱いた。膝の上の暖かさと腕の中の安心感で御影を不調へと追いやっている不安は払拭された。できることならそのまま抱いて 寝てしまいたい。しかし御影の立場上そんなことは許されるわけもなかった。 5分ぐらいたった後だろうか。その間御影はずっと颯太を抱いていた。5分もの間颯太は御影の膝の上でおとなしくしていた。 「御影、元気なった?」 いつまでも離さない御影を疑問に思ったのか颯太はつい御影に聞いてしまった。 「うん。だいぶ楽になった。あのな、颯太。今日が何の日か知ってるか?」 「ううん。知らない。御影は知ってるの?」 「知ってる。もし、颯太が知りたいっていうなら教えてあげる。」 「知りたい!!」 膝の上でじたばたされ、思わずバランスを崩してしまった御影は背中側に手を突いた。 「御影、ごめんなさい……」 「気にしなくていいよ。痛くないし。ほら」 バランスを崩して後ろに倒れかかって手を突いただけだからどこも痛めてないし、けがもしていない。大げさに心配する事でもないのに少し気にしすぎな颯太に御影は颯太にとってうれしい事を言った。 「今日は、中秋の名月って言って、おつきさまがいつもよりきれいに見える日なんだ。」 「そうなんだ。でも、僕は……まだ一回もお外に出たことがないから……」 「今日だけは特別で俺が颯太を外に出してあげる。本当はダメだけど、一回でも見ておいた方がいいかなって思うんだ。嫌……か?」 この家には昔からある掟があった。それは常世家の長男は7歳になるまで外に出てはならない。もちろん窓を開けることで屋敷の外を見るのも禁止、といういかにも風変わりな掟があった。 「ううん。行きたい!お外!でも、お父さんは知ってるの?」 「知らない。だって俺たちが今やろうとしてる事は決まり事を破る事なんだ。それでも行きたい?」 「行きたい。お決まりを破るのはいけない事だけど、その……ちゅうしゅうの……めいげつ?ってやつを御影と一緒に見たい!!」 中秋の名月に惹かれるものがったのか、颯太の瞳はさっきから輝きを増している。期待と希望に満ち溢れた()で御影を見る颯太はまさに純粋そのものだった。 「その前に……このかるた、片付けないとな。」 「そうだね。一緒に片付けよう」 夜中に屋敷を抜け出す作戦を企てたが散らかっているかるたで二人は現実に引き戻された。 ―夜更け 「ここから気を付けて上がれよ。大事な長男を傷物にしたなんてシャレにならないからな。」 「わかった。気を付ける。」 かるたを片付けた後、屋敷に住んでいる皆が寝たことを確認してこっそり屋根裏へと続く抜け道を二人は通っていた。 「そこを左だ。」 「わかった。」 屋根裏に続く抜け道はしばらく使われていなかったのか埃だらけで黴臭かった。 「ここを……左?」 「あぁ。」 「扉があるよ!」 「しーっ!あんまり大きな声出すな!!ばれたら困る!」 「そうだった。ごめんなさい……」 抜け道の中は少し複雑に入り組んでいた。御影は勤務して2年目に迷って出るのに時間がかかる事を知っていたため迷わずにいられた。 「あとちょっとだから。あ、そこ真っ直ぐ!」 「わかった。」 すぐに間違った方向へと向いてしまう颯太にあたふたしてしまう御影だった。 「着いた!」 「どわっ」 無事屋根裏に着いた二人はお互いすすだらけでみすぼらしくなっていた。しかし、颯太はそんなのお構いなしに御影抱き着いた。 窓のカギを開けようと鍵をいじくっていたらいきなり颯太に飛びつかれた御影はまたも後ろに倒れ込んだ。 「そ、颯太。あとちょっとであくから待ってろ。」 「ごめん……でも、早く見たいんだもん。」 「だからもうちょっと待ってろって。あ、開いた。」 「見せて見せて!!」 ガチャ 音と同時に窓を開け、屋根裏にはまぶしいぐらいの月光が入ってきた。 「きれい……お外に住んでる人はいつもこんなのを見てたんだね。」 満点の星空と一人佇む真珠色をした月。屋根裏に吹く風。二人にとってはすべて愛おしかった。
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