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後夜
あれからどれだけの時間外を眺めていたのか。時間が過ぎるのは一瞬だとはよく言ったもので、先ほどよりも夜闇はまた一層深くなった。
「でもどうして御影は僕と一緒に月を見たかったの?」
「それは、これから俺は颯太といられなくなるからだ。」
御影は月光がもたらす白い光を浴びながら震える唇を動かした。
「なんで……一緒に居られないの?」
悲しみと疑問を混ぜたような目で自分を見てくる颯太に御影は一筋の涙をこぼした。
「本当は、」
始まりは順調だった。いたって普通に話し始めていた。しかし話していくうちに水に溶けた星屑が御影の目を覆った。
「本当にごめんな。もうちょっと早くに言うべきだったっていうのはわかってる。けど、颯太を悲しませたくなかった。颯太は昔から俺に懐いてくれて、今日だって辛いからってぎゅーってさせてくれたのだって…、うれしかった。」
一言、一言口を開くたびに颯太が成長するにつれての思い出が御影の中で蘇っていた。そのたびに心が辛くなって、息が苦しくなって。わかっていたことが辛すぎて。天命に逆らえなかったとしても御影は颯太ともっと多くの時を過ごしたかった。
「……みかげっ、ぼくも……!御影が一緒にいてくれてうれしかった。だって一人じゃなかったもん……」
颯太も御影と別れるのが嫌なわけじゃない。むしろ同じ時を過ごしていたい。「でも、御影と一回だけケンカしちゃったとき、すごく悲しかった。……あの時、御影とけんかしちゃったことより、御影と一緒にいれない事が嫌だった。」
颯太が言い終わると同時に颯太からも涙がこぼれた。あれはたしか3か月前。御影が国家試験の勉強をしていた時だった。あと少しで勉強が終わりそう、という時に颯太が御影のにちょっかいをかけて集中を妨げた事があった。試験前というのもあってかりかりしていた御影は颯太にあたってしまい、大喧嘩をしてしまった。
「謝る事しかできなくて……ごめんな。」
「僕も……みかげにさわることしかできない……直してあげられなくてごめんさない……っ」
謝ることしかできない無力な自分。そんな自分が颯太にしてやれることは何か。それは颯太を抱きしめる事。
「なぁ、颯太。」
震えないように、最後だから、颯太のために。どれだけ力を入れても唇の震えは止まってくれなかった。でも、名前を呼べた。それだけで御影の胸はいっぱいだった。
「……なに?」
「最後にぎゅーってしてもいいか?たぶん、もう一生できないから。」
「いいよ。……ぎゅー」
颯太が「ぎゅー」というタイミングに合わせて御影は颯太を優しく、逃げられないように抱いた。
御影が颯太を抱いている時間。颯太が御影の体温を感じられる時間。それは二人にとってかけがえのない大事な時間だった。月はそんな二人を対比するように東から西を移動していた。
「寝ちゃった……か。」
颯太と抱き合っていた時間。そのうちに颯太は寝落ちしたようだ。無理もない。普通の年長ならばもう寝ているはずの時間。寝るなという方が子供にとっては苦痛だろう。
寝ている颯太を起こさないように屋根裏の柱に立てかけ、窓を閉めた。できるだけ音を立てないように、誰にも迷惑をかけないようにと慎重に行った。
窓を閉めた後、御影は颯太と一緒に屋根裏から二階の颯太の部屋に移動した。
もちろんその間も物音を立てないよう、気を付けながら。
「颯太。今日も一緒に寝るのか?」
無事颯太の部屋に着くと答えるはずのない少年に御影は問いかけた。
「……んぅ。ねりゅ……」
寝ぼけているのか意識が定まっていない颯太は口ももにゅもにゅ動かした。はっきりしていないにも関わらず、御影はためらいもなく颯太のベットに入った。
「本当にごめん。でも、颯太のおかげでこの人生、楽しかったよ。」
御影は最後にそう言い残して永遠に冷めない眠りについた。
次、少年が目覚めるときに青年は意識をなくし、その代わりに一つの置手紙を読むことになるだろう。
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