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「あ、胡散臭い顔してる。ウソだと思ったんでしょ?」
男に指摘され、すぐに取り繕えなかった暁人は黙りこむ。
「そこは否定してよ」
日頃から実直すぎる自分に辟易していたが、こういうときはウソでもやっぱり「うん」と応えられたほうが可愛げがあるよなと反省する。
大学生の暁人が社会に出るまであと二年、それまでの重要課題にしておこう。
「……すみません」
しゅんとすると、骨太の大きな手が暁人の頭をぐしゃぐしゃと撫でまわす。
不思議と落ち着く、あたたかい手だった。
だからつい、気を許してしまう。
「お兄さんは、社会人ですか?」
「まあね」
そういうと、左手を暁人の眼前に突き出しデモンストレーションのように力こぶを作ってみせた。
「おお!」
純粋に暁人は感嘆した。
「職業、プロレスラーってやつ」
「なるほどです。だから、そんなにもガタイがいいんですね。たしか、えーっと……みちのく、でしたっけ?」
「ああ、正解。まさに今、俺はみちのくでスター選手やってるよ」
「それはすごいですね」
実際に生でプロレスを見たことはなかったけれど、暁人でも知っている所属団体と、スター選手という言葉に賞賛の声が素直に洩れた。
「必殺技とかあるんですか?」
「もちろんあるよ。スター選手だからね」
得意げに胸を叩いて男は言ってみせる。
「シャイニングなんとか、とかですか?」
「それは武藤さんの打撃技だね。俺の得意技は締め技。ホーリーグラウンド・ヘッドロックだよ」
「ヘッドロック……? なんだかよくわからないけど、かっこよさそうですね」
暁人が嬉々として喋ると、男は両手を使ってエアヘッドロックを披露する。エアといってもプロがやるから、迫力があって見ごたえがあった。
すごい。
そういえば、今日ここで会う予定のセイもプロレスに興味があるって言ってたっけ。
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