ボクのお嫁に

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ボクのお嫁に

 目の前には芝生が広がり、そこで4歳になる娘が一人で遊んでいた。広げたレジャーシートの上で、お気に入りのぬいぐるみを抱いたり寝かせたりしている。少し離れたベンチに妻と並んで腰掛け、その様子を微笑ましく眺めていた。  気がつけばいつの間やら男の子がそばにいた。どこから来たのかとあたりを見渡すが、親らしき大人の姿は見えない。娘と同じ歳くらいだろうか。少年は躊躇いもせずに娘に駆け寄ると、親しげに笑い合った。 「おいおい。誰だあいつ」  俺の疑問に妻が答える。 「ああ。よくこの公園で会う子ね。どこの子か知らないけど、仲良くしてるみたい」 「どこの子かわからないって、そんな無責任な」  目くじらを立てる俺に、妻は呆れた表情を浮かべる。 「いいじゃない。子供同士仲良くしてんだから。それに、この公園だけの友だちみたいだし、そんなに気にしなくていいわよ」  彼女が言っている間に、少年は靴を脱いでレジャーシートに上がった。娘の隣に腰を落ち着けると、肩を寄せ合い一緒に人形遊びを始めた。おままごとなのだろうが、その雰囲気はまるで新婚夫婦のようだ。  男親として、その光景は看過できるものではなかった。 「なんだあいつ。馴れ馴れしい。追っ払ってやる」  言うと同時に立ち上がる俺の後を妻が追いかけてくる。 「よしなさいよ。子供の遊びでしょ」 「遊びでも娘に勝手に近寄るやつはダメだ」 「もう。今頃からそんなんじゃ、先が思いやられるわよ」  子供たちに近づくにつれ、二人の会話が聞こえてきた。 「ねえ。大人になったら、ボクのお嫁さんになってくれる?」 「うん。いいよ」 「約束だよ」 「うん。指きりしよ」  俺に無断でそんな約束を。頭に血が上ると同時に、不意に子供の頃の記憶が脳裏に甦った。  思わず足を止めた俺の表情を見て、妻が怪訝な顔で問いかける。 「あなた。どうしたの?」 「いや。あの子たちの会話を聞いていて、急に思い出したんだよ」 「なにを?」 「幼稚園の頃、仲のいい女の子がいてさ。いつも一緒に遊んでた。ある時、俺も彼女に言ったんだ。お嫁さんになってくれって」 「それで、その子はなんて?」 「もちろん、OKしてくれたよ。でもさ、引っ越しちゃったんだよね。それからすぐに」  名前はなんて言ったっけ。ミホ、ミカ、ミキ、ミク……。そうだ。ミクだ。と、そこでようやく気付いた。ミク。妻と同じ名前じゃないか。  そう思いながら彼女を見た。  虚空を睨んだまま、ミクは一切の感情を失った顔でぽつりと言った。 「やっと、思い出してくれたのね」  それから俺へと視線を移し、怪しげに笑った。
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