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「あたし、実は橋の下から来たの。」
唐突に話し始めた友達のA子。先週6年2組に転校して来た。
6年にしてはかなり小柄のA子。
早速友達になったのに、明日には引っ越してしまうとのこと。最後に一緒に帰ることに名残惜しさを少し感じながら、A子と私はトボトボと通学路を歩く。
「橋の下?あぁ、私も昔、親から言われたことあるなぁ。アンタは橋の下から拾って来た子よ!って。あの冗談、本当に気分悪くなっちゃうよね!」
我ながら素っ頓狂な声色だったと思う。A子の話が突拍子も無さ過ぎたからだ。
しかしA子は気にも留めない。
「あ、あたしの場合、本当なの。本当に橋の下から来たの。どうしても果たさないといけない約束があって、橋の上に来たんだ。でも約束を果たしたからまた橋の下に戻らないと。数日間だったけど、仲良くしてくれて本当にありがとう!」
私には全く意味がわからなかった。約束?橋の下に戻る?もはや意味を成さない単語の羅列にしか思えない。
しかしA子がふざけている様には見えなかった。私はA子の話をそれ以上は深堀りせずに、ただただ頷くだけにとどまった。
A子は私の目にはかなり奇妙に映った。
小柄で華奢なのだが、発する言葉はとても同じ小6とは思えぬほど大人びていた。雰囲気もクラスの女子の中で誰よりも大人っぽく、色っぽく映った。
その割にどこかアンバランスであり、特筆すべきは靴である。いつも履いているスニーカーは泥まみれであった。泥濘みを歩いて登下校しているのかと思うほどだ。
そんな不思議なA子、「橋の下から来た」だなんて、完全に私をからかっているのだと思った。
翌日、A子は本当に転校したのか、6年2組からいなくなった。不思議な子であった。
☆☆☆
世の中はとても騒がしかった。2日前、猟奇的な事件が起こったのである。
大手進学予備校のカリスマ講師が惨殺された事件。被害者であるこの講師は27歳男性、既婚者であり、幼い子供もいる。
遺体は近くの一級河川の橋の下で発見された。千枚通しのようなもので心臓を一突きされていた。それだけではない、全ての爪は剥がされた上に両眼をくり抜かれていた。どう見ても怨恨であった。
この被害者男性はカリスマ講師の名に相応しく、イケメン長身。
肝心の授業はわかりやすくテンポの良い喋り、受け持った生徒達の大学進学実績も素晴らしく、生徒達からの人気も信頼も群を抜いていた。
この講師自身もこの予備校の期待の星であり、何故に惨殺などと言う末路を辿らなければならなかったのかと、経営者、上司など予備校関係者は首を傾げた。
しかしながらこのカリスマ講師、自分自身の立場を利用して高校生である教え子たち複数人と関係を持っていた。
特にお気に入りの女子高生の1人には、自分との将来を匂わすことすらも告げていたそうである。
さらに調べを進めていくと、この女子高生が講師との関係を悩んだ挙句に講師本人に詰め寄ったと言う。女子高生にとっては本気の想いであったのだろう。
「受験が終わったら奥さんと別れて、約束通り私と結婚して。結婚してくれないならアナタを殺す。」
「アナタを殺したくなんかない。だから約束はちゃんと守って。」
しかし講師にとっては女子高生など当然遊びであり、テキトーにあしらわれてしまった。
「は?約束?したっけ?勉強もちゃんとしないで何言っちゃってるの?」
「俺、バカなガキは嫌いだから。」
その女子高生は心神耗弱状態となり自ら命を絶ってしまったと言う。つい先週の出来事であった。
☆☆☆
捜査はかなり難航した。被害者のカリスマ講師と親密な仲であった女子高生は、先週自死した子を含めて合計5人。全員アリバイがあった。
それ以外にもカリスマ講師の交友関係や家族関係を洗い出したが、すべてアリバイがあるか、明確な動機が無かった。
それどころか犯人の性別や年齢層すら全く絞り込めなかった。
捜査が一番難航しているポイントは、発見時の遺体の様子であった。
致命傷に至らしめた千枚通しが被害者の身体を貫いていたその角度。かなり身長差があったとみて良い。犯人はかなり小柄であると推察された。
最も捜査関係者を悩ませたのが遺体の背中に無数に付いていた泥の足跡である。
遺体はうつ伏せで見つかっており、被害者の背中を何度も踏みつけたかのような泥まみれの足跡があったのだ。
この足跡、足のサイズが20センチ程度。
女性でかなり小柄であったとしても、さすがに20センチは小さすぎる。犯人像はよっぽど小柄な女性、もしくは子供か。
いや、有り得ない。しかしこうでもしないと整合性が取れなかった。
残念ながらこのカリスマ講師惨殺事件は迷宮入りとなってしまった。
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