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「――……?」
ぼんやりと意識が浮上して、体に違和感を感じ、勢いよく起き上がる。
「ああ、起きた?」
絶句したまま視線を向けると、秋津直人がベッドの端に座っていた。視線を走らせれば、どうもホテルの一室にいるらしい。
状況が理解できずに、脳が混乱する。確か、居酒屋で彼の相談に乗っていたはずだ。暫くは話をしていた記憶がある。けど、その先が思い出せない。酒には決して弱くない。ビール一杯で記憶をなくしたりしない。
「何か、盛った?」
確信を持って問いかけると、秋津はにんまりと笑った。
「まぁ、ちょーっとおクスリ的な? あそこの店員とは仲いいんだぁ」
飲み物からは目を離さなかった。途中でトイレに立ったりもしていない。まさか最初から。己の落ち度に歯噛みする。
「何が、目的なの」
「ん~、咲綾のことなんだけどさ。あんた、俺のこと寝取ったってことにしてくれない?」
「……は?」
何を言っているのか全く理解が出来ずに、思わず声が漏れてしまう。
「正直、結婚とか冗談じゃないんだよね~。それをあのバカ女がさぁ、話進めちゃって。でも結婚詐欺とかで訴えられたら困るし? だから揉め事はそっちでやってほしくて、とりあえず既成事実的な」
「そんな……バカな提案を、私が呑むとでも思ってるの?」
「呑むよ、あんたは。だって、咲綾のことが大事だろう?」
にぃ、といやらしく笑う男を、思い切り睨みつける。
「あいつ俺にベタ惚れだからなぁ。あんたが俺に襲われたって言って、あいつ信じると思うか?」
分からない。咲綾は、この男を信じ切っている。
「仮に信じたとしてさ。俺に裏切られたって分かったら、あいつ自殺でもするかもな~」
物騒な言葉に手に力が入る。否定しきれないほど、親友はこの男を心底愛している。
「しかも、自分の婚約者が親友を襲ったなんて? 自分の責任だと思い込んだら……壊れちまうだろうな~」
このクズは、こうやって自分だけ安全地帯へ逃げようとしている。最低の提案だ。それが分かっていても、そうなってしまうかも、と思う自分がいる。
「んじゃ、決心ついたら良さげなシナリオ考えて連絡ちょーだい」
ベッドから立ち上がり、秋津が部屋を出ていこうとする。
「地獄に落ちろ、クソ野郎」
その背中に、そう声をかけるのが精いっぱいだった。
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