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辞めるという選択肢が正しかったのか間違っていたのか、片方しか選択してないので正直わからない。
でもあの寮での出来後を思い出すと、今でも不思議な感覚がする。
なぜか、二人で泣いたり喚いたりしながら金平糖を平らげた。
今となってはシュールすぎる笑い話だが、その当時は必死だった。それ以外に選択肢はなかったのだ。
初めての土地、親元離れての生活、伸びない記録、プレッシャー、厳しいトレーニング、食事制限。
たぶん、二人ともちょっとおかしくなってたんだろう。
こんな風に思い出せる事自体が、いい思い出に消化できたということだろうか。
歓声が聞こえてくる。
思い出に浸るなんて、ちょっと感傷的になってるのかもしれない。
裕志の口元は自然と綻んだ。
ーーなんせ、今年で最後だから。
そしてその最後の晴れの舞台で、アイツに襷を渡すことが出来るのだからーー
足の先に力を込める。
地面を蹴って前へ大きく踏み出す。
3年間仲間と共に鍛えた筋肉は、裕志の意志のとおりに身体を前に前にと運ぶ。
心臓も、肺も、限界寸前に悲鳴をあげるが、まだ大丈夫だということをちゃんと知っている。
ゴールしたときの例えようのない快感を、また味わいたいと全身が応える。
中継地点では、姿勢のいい長身が軽く手を上げて待つ。
先頭との差は1分に縮めた。きっとアイツなら抜かしてくれる。
「工藤!」
裕志はチームメイトの汗が染み込んだ襷をアンカーの工藤に渡す。
仏頂面がニカッと笑って、裕志の腕を軽く叩いて合図する。
「あとはまかせろ、キャプテン」
そして綺麗なフォームで前を向いて走り始めた。
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