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青戸は勤務先である駅前の小さな花屋に着いた。遅れてきた理由を店長に話すと、店長は怒るどころかむしろ心配そうに話しかけてきた。
「それで、その男はちゃんと捕まったのかい? 災難だったわね。ていうか、今どき同性同士のセクハラなんてのもあるから気をつけなさいよ」
「は、はい」
良識のある返答でよかったと一安心した。青戸が勤務しているこの花屋は、店長と青戸のふたりだけで営業している。青戸は花のレイアウトを並び替えながら、今朝のことを振り返っていた。
――なんで俺、入間さんの連絡先聞いちゃったんだろ。
――いやでも俺……好きなんだよなあ……入間さんのこと。
助けられた自分が助けてくれた人のことを思う気持ちは、ほかのものには代え難い。また会おうなんて言ってくれたのなら、こっちも会わずにはいられなくなる。好きだという思いはちゃんと伝えなくては……。とんだ勘違い野郎だと思われたとしても……。
店先の花壇の並び替えも終わって一息つくと、早速ひとりの客が出迎えて来る。青戸は潔く客に声をかけた。
「いらっしゃいませ。なにかお探しですか?」
「あの、両親に日頃の感謝をと思って……」
「それなら、こちらがおすすめですよ」
店内の奥に案内し、ガラス戸から一輪の花を取り出した。客は気に入ったのか、その花を数本購入して花屋を出て行った。悲しいときも、嬉しいときも、どんなときでもその人の気持ちに寄り添った花を提供できるのが、花屋の魅力だと青戸は思っていた。
「ありがとうございました」
「蓮くん、もうすぐ閉店時間だから先帰っていいわよ」
「はーい! わかりました」
カウンターの奥から店長の声がしたので、返事をした。
一仕事を終えて帰宅の途に就く。
青戸は入間から貰った名刺を眺めていた。渡されたときにちゃんと見ずにすぐポケットにしまい、また財布にしまい直したため、改めて文面をちゃんとじっくり見た。
――ふーん……役所勤めの人か。だから俺のこと放って置けなかったのかなあ。
――うーん……どうしよっかなあ。
名刺を見つめる数分間に様々なことが頭の中を巡った。
彼のことをまだ何も知らない青戸は、今はただ会いたいとしか思えず、会うきっかけさえつかめずにいた。
そもそも会うのに理由っているのか?
「やっぱり、今のうちに一言連絡入れておこ……」
円卓に置いてあったスマートフォンを手に取り、早速入間に会う約束の連絡を入れた。
「またいつか会おうって言われたらそりゃ会いたいでしょ。会わないわけにわいかないでしょ。――これでよし、……っと」
――会える日が待ち遠しいと思える人が、俺にもできました……!
青戸は入間の返事を待ち続けた。
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