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入間は仕事から帰って自宅前で足を止めた。女の声がする。玄関の外から声が漏れ出すほどの声量だった。
あいつと見知らぬ女が言い争っている声がした。
溜息をつきながら、ドアノブに手をかけた。
「別れるってどういうこと?」
「その理由を話すと話が長くなるからさあ――!?」
リビングに入間が入ると、ふたりの口喧嘩は止んだ。
「また女か……」
嫌みを言うつもりはなかった。このときはただ、早く目の前にいる女がこの部屋から立ち去ってくれればいいと思っていた。女とつい視線が合ってしまった。
女は入間から目を逸らして、裸の彼にこう言った。
「この男……誰?」
「あいつとは付き合ってる」
「え……? もういい! 帰るわ!」
入間の顔をふたたび凝視するとなにかを察したのか、女は吐き捨てながらその場を立ち去った。
ふたりだけになると、さっきまでの空気がますます淀んだ。理由ははっきりしている。裸の男はベッドに座り込んでティッシュを広げて呑気に足の爪を切っていた。入間は目の前のこの男に呆れている。とりあえず一番に気になっていたことを尋ねた。
「まさか……払ってないよな?」
「全然、払ってもないし受け取るわけないじゃん」
「ならいいんだが……いやいい訳ないな……」
嘆いても男の耳には届かないだろう。すでに二人の関係はマンネリ化しつつあるからだ。どこで知り合ったかわからないような彼女を家に連れてくる神経が、入間には理解し難かった。
「本当にあの子とはただ遊んでただけだって」
裸の男はそう言いながら、切り終えた爪をティッシュペーパーに包んでゴミ箱へ捨てた。
「遊んでただけってなあ……」
「ねえ、かなやん? 俺と出会ったきっかけ覚えてる?」
「…………」
言われなくてもわかっている。「かなやん」と入間のことを呼んだこの男と出会ったきっかけは、まさしくさっきの彼女と同等なのだと。
入間はなにも言い返せずそのまま黙り込んでしまった。
裸の男は入間に近づき耳元で囁いた。
「なんでこういうタイミングで帰って来るのかなあ……」
「悪かった」
「なんかお楽しみはこれからって顔してるよ?」
「なんだそれ」
どうもこのエロ男にたぶらかされている気がする。
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