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一
自分で書き上げたその文章の、何度目かわからない推敲を終えた私は、満足の息を吐いてパソコンを離れた。もう六時過ぎだ。暗くなっているだろうか、と思いながら窓の外に目をやるけれど、私の予想に反して辺りは明るく、空は青色だった。最近は春が近づいているから、暗くなるのも遅い。
椅子に掛けておいたコートを羽織り、鍵と財布を鞄に入れて玄関へ向かう。
買い物に行こうと扉を開けると、運送会社の文字が目に飛び込んだ。いつもと違う景色に辺りを見回すと、見知らぬ親子連れがいた。母親と息子だろうか。彼らは、私の隣の部屋に入っていく。それに、ああ、と納得した。
空き家だったお隣に、人が入ったのだ。
荷物運びの様子を眺めていた母親らしき女性は、私に気づいて会釈を寄越す。
「こんにちは」
「あ、どうも」
「今度からこのマンションで暮らす、飯原です。お隣さんですよね?」
流暢に話す彼女は、人付き合いに慣れている人特有の雰囲気を醸し出している。私も接客業務を仕事としているので、一瞬遅れはしたもののすぐに言葉を紡ぐ。
「はい。鎌田と言います」
彼女が、丁寧に腰を折って頭を下げた。
「どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそ」
二人で微笑み合う。私は、「では」とエレベーターへ歩き出す。
私の腰くらいの背丈の、息子だろう男の子が、物珍し気に私を見ていた。
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