試練の獣

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「ふぁ~…あ」  大岩の上、子狐が大きな欠伸をした。  傍らの少年はぐるぐると、むき出しの小刀に布を巻きつけている。そのまま握れば手を切ってしまう。何重にも何重にも念入りに巻き付ける。 「またやるの? 懲りないね」  すぐ隣で刃物を取り扱っているにもかかわらず子狐に警戒する様子はなかった。信頼というよりは完全になめきっているようだ。  少年は子狐に視線を落とす。少年はクゥと言った。試練の為かの森に訪れた。しかしクゥは試練に敗れ、かの森に留まって久しい。本来なら1度の挑戦で諦めて帰らなくてはならぬところ留まって幾度となく挑戦を繰り返している。今日で5度目の挑戦となる。  まだ空は青く、まだ森は緑に満ちていた。試練の獣は嵐の中現れる。試練までは今しばらくの時があるようだった。 「そのために来たからね」  クゥはそっけなく答えると、二本の小刀を構える。元は1本の長刀だったそれは試練の獣に真っ二つに折られ分かれてしまった。片方には柄があるが、もう一方に柄はない。だから柄のない方は服の袖を破いた布を幾重にも巻き握る。 「もういい加減諦めなよ」  子狐が呆れたように馬鹿にしたように言った。 「もういい加減諦めてここで暮らしな。森の獣たちもみんな歓迎してくれるよ」  試練の獣を殺し力を得る。そのためにクゥはこの地を訪れた。もう5年ほど前の話だ。この地を守る獣は雷の力を宿す。雷とは属性で分ける際に諸説ある属性だ。光なのか火なのか水なのか風なのか、ただ分かっているのは圧倒的な力を宿す属性であるということだ。クゥは雷の獣を殺しその力を得なくてはならない。 「君も歓迎してくれるの? 」 「なんで僕が歓迎しないといけないのさ」  子狐は怒ったようにそう言うとくるりと背を向ける。  いつの間にか空は曇り、ぽつりぽつりと雨が降り始める。 「どうせ母さんには勝てっこないのに」  子狐はそう言い残すと森の中に消えた。試練の獣を殺すということは子狐の母を殺すということだ。複雑な思いがあるのだろう。  雨は激しく降り注ぎ、やがて雷雨へと変わる。雷が光った。それが試練の獣が現れる前触れだった。  カッ!  閃光が煌めき雷が走る。雷は大木を突き刺し、大木は真っ二つに引き裂かれた。そしてその間から金色の光が姿を現す。 「アアアアアアアー---!!!! 」  金色に輝く獣が叫び声をあげる。この地を守る、この地そのものの試練の獣が。 「今度こそ…」  クゥは震える身体を誤魔化すように2本の小刀を握る手に力を込めた。  ・・・ 「試練の扉に入る前に今一度念を押す」  そういうと婆は子供達を見渡した。  婆の前には6人の人影があった。みなだいたい近い年齢の少年少女達だ。一様にやせ細っている。 「扉に入ったら中のものを食べるなって言うんだろ? 聞き飽きたぜ」  彼らの中でひときわ赤い髪の少年が言った。名をホムラと言った。彼らの中では一番の年長者になる。だが年長者としては少し思慮に欠ける少年だった。 「婆様は私たちを心配して言ってくれてるんでしょ? 」  ホムラを青い髪の少女が咎めた。彼女はスイと言った。ホムラよりは生まれは遅いが同い年に当たる。ホムラは年長者にしては自分勝手で皆をまとめることはしないからスイが皆のまとめるのが常だった。 「だってよぉ。何べんも何べんも同じ事ばかり。違う世界の食べ物を食べたら元の世界に戻れなくなるっていうんだろ? 俺達だって馬鹿じゃねぇ。一回言われたら十分だ」 「それだけ重要なことだってことでしょ? 元の世界に戻れなくなるってことがどういうことか分かってるはずよ? 」 「わかってるよ。だからもう十分だと言ってんだ! 」 「本当に? 試練の門に取り込まれたらそこで死ねれば運がいいほう、下手したら浸食されてその世界の一部になってしまう。本当に分かっているの? 」 「分かってるって! 」  煩そうにホムラは答えた。 「それだけではないぞ」  しばらく2人を静観していた婆がスイを補足するように言った。 「試練の獣はもともとそうやって取り込まれた者たちのなれのはてと言われておる。お前たちが試練に打ち勝ち力を得るのは大事じゃが、お前たちが取り込まれたら元も子もない。無理だと判断したらすぐに戻ってこなくてはならぬ」 「どうだろうな。死ぬことがないのなら、そっちの方が幸せなんじゃないか? 」  ホムラが苦々しく言った。  彼らの村、星読みの村は山奥深くにあった。一年中寒く日当たりは悪く作物はろくに育たない。森には魔獣がうろつき狩りは危険ででられない。炭焼きが主な産業となるが森は魔獣が出ること、その木々は国に管理されていることから木を得るにも金がかかった。生活が成り立つかどうかはその年の天候次第だ。大雨が続く、もしくは逆に日照りが続けば木を買う金もなくなりそのための金を稼ぐため子供を町に売りに行かねばならなかった。彼らの兄弟の中にも売られていった者たちが何人もいた。売られていった子供たちがどうなるのかはわからない。少なくとも生きて帰ってきたものはいなかった。  村では10年に一度星読みの儀式がある。村の名前の元となった星を読む儀式だ。星とは人間に宿る才能、運命といったものを現しているらしい。星が多ければ多くの才能を持つ者ということになる。そこで多くの星を持つとされた者は試練の扉を開き試練の獣と戦うことがしきたりとなっていた。本来なら星の多い特別な子供たちは大切に育てたいところであったが村にはそうするだけの余力がなかった。試練によって飛躍的に力を伸ばした者だけが特別な子供として売られていくのだ。そうして売られていった子供達は他の売られた子供達とは違いその先で勇者や聖女、あるいは魔王などと呼ばれることになる。勿論そんな子供が現れるのは何十年に一度だけだったが。ところが今回はかつてない星の当たり年だった。村の中から6人も強い星を持つ者が現れた。星読みの婆の話でもこんなことは初めてだとい驚いていた。 「時代が動こうとしているのかもしれぬ。それゆえ星の強き者がこんなにも」  婆が誰に言うでもなく呟いた。 「もし扉の向こうの世界のものを食べて取り込まれたら具体的にどうなるのですか? 元の世界のことは忘れ獣になるのですか? それとも記憶はそのまま? 」  そう問いかけたのはヤミだった。ヤミは彼らの中では一番の年少者だった。ホムラやスイとは5つ歳が離れている。けれど性格はとても大人びていて落ち着いていた。 「記憶がそのままなら元の世界に戻ろうという意思は残るよな? 無理に帰ろうとするとどうなるんだ? 」  次いでダイチも問いかける。ダイチはヤミの一つ上でヤミの保護者を自称している。ただヤミの方がしっかりしているのでどちらが保護者かわかったものではないが。 「分からぬ…」  婆は2人の質問に首を振った。 「そもそも試練を受けること自体、数十年に1度のことなのじゃ。詳細な情報は不足しておる」 「分からぬって随分いいかげんじゃねぇか」  ホムラが吐き捨てた。 「いい加減にしなさい! 失礼でしょ! 」 「うぜぇなスイは。大切なことだろうが」  険悪になるホムラとスイ。 「はいはい、そこまでにして。もし試練に失敗すればもう会えなくなるかもしれないんだ。喧嘩別れしたら後悔するよ? 」  2人を仲裁するようにコウが言った。ホムラとスイはあまり馬が合わないが仲が悪いという訳でもない。小さな村だ。お互い助け合わなくてはならず歳の近いものは必然的に一緒にいることが多くなる。コウの言う通り2人は喧嘩したまま別れたら後悔することになるくらいには仲が良かった。 「縁起でもないこと言うねコウ」  クゥがポツリと呟いて、コウは肩をすくめた。コウとクゥは同い年。一番上のホムラ達の2つ下で一番下のヤミからは2つ上となる。同い歳だからクゥと特に仲が良いのはコウだった。 「文献では試練の扉から帰るのはそう難しい話ではないとされておる。それは試練の獣に勝たずとも戻ること自体は可能だからじゃ。今まで帰ってこなかったものは数えるほどだけだったとされておる。だが実際に帰ってこなかった者もいるのじゃ。心して行かねばならぬ」  婆はそういうと6人に刀と兵糧丸、そして水を渡す。刀は試練の獣を倒す唯一の武器とされる霊力を込めたもので兵糧丸は携帯食だった。試練の扉の向こうではその地のものを食べても飲んでもならない。だから兵糧丸と水を持っていく。毎日をギリギリで暮らす村で6人分も兵糧丸を用意できたのはたまたまだった。もし飢饉があれば一つも用意できなかっただろう。 「試練の門の向こうでは時間の流れが異なる。こちらの1時があちらの世界の約半月となる。1日は約1年となろう。これだけあればお前たちなら3日は生き延びることができるはずじゃ。それは即ちあちらの世界で3年生きながらえられるということでもある」 「どうしてそうなるんだ? 」  ダイチが首を傾げる。 「3日はあちらの世界では3年前だから。私なら10日は大丈夫だから10年くらいはもたせられる」  ヤミがそれに答える。 「あくまで食料は試練の獣と万全の状態で出会うためだけのものじゃ。試練の獣に勝てるとしたら万全の状態での最初の戦いのときだけじゃろう。負けたならあきらめて帰ってくるのじゃ」  婆は念入りに注意した。 「負けたら今の生活が続くんだろ? だったら負けて帰るなんてありえぇねよ」  そうだろう? とホムラは皆に問いかけた。星読みの力は村の中でのみ知られていることだ。いくら星が多くても力がないでは認められることはない。特別な子供として売られることはない。他の子供達と同じように大人になるまでに口減らしに売られるか、運よく大人になれてこの村で暮らしても大人たちと同じように生きていくしかない。  試練に打ち勝ち力を得なくてはならない。少年たちの気持ちは一つだった。  ・・・ 「う、あ…」  クゥの小刀を掴んだままの右腕が宙を舞った。  試練の獣の牙に切り裂かれたのだ。  油断していた。獣から放たれる雷に注意を払うばかりで直接の攻撃に対する注意が散漫になった。それで最初の戦いで刀をへし折られたというのにまた同じ失敗をした。 「これじゃ刀が本来の力を発揮できない」  試練の獣に打ち勝つという刀は本来完全な形でなくては力を発揮できない。折れては力を失う。けれどクゥは幸か不幸か二つに分かれたそれを合わせれば一時的にその力を引き出すことができることに気ずいてしまった。それ故に引き際を失い戦い続けてもいる。5年間も。 「くっ」  クゥは慌てて切り裂かれた右手を拾いに走る。切り裂かれた腕は魔法で縫合することができる。試練の獣との戦いで身に着けた力だ。その力を使うと著しく力を消費する。この世界が元の世界と時間の流れが違うという特性上もう力が完全に回復することは難しい。その力が何なのか、もう完全に力は戻らないのか、どんな危険を伴うのか知識はなかったが使わないわけにはいかなかった。 「風よ! 」  風がまるで自分の手足のように感じられる。切り飛ばした腕を拾い上げそのまま縫合する。しかしその見え見えの動作を試練の獣が見逃すはずはなかった。 「アアアアアアアー---!!!! 」 「!? 」  次の瞬間に切り裂かれたのはクゥの頭だった。  ・・・ 「クゥ…」 「お兄ちゃん! 」  クゥには自信を含めて3人の兄弟がいた。本当は8人だったけれど1人は売られて2人は途中で死んで2人は死産だった。だから今生きているのは一つ年上の姉と5つ年下の弟だけだった。 「ごめんね。本当は私が…」  女は男より高く売れる。それに家を継ぐのは男の役目だ。だから本来クゥが売られることはない。売られるのは姉さんのはずだった。でも姉さんはもうすぐ嫁に行ってもいい年齢だしクゥが金を稼げれば売られることはもうないはずだった。家は弟に継いでもらえればいい。試練を乗り越えたならクゥは自分の存在を上手く有効活用できる。だから何としても試練を終えて元の世界に戻らなくてはならなかった。 「必ず生きて戻ってきてね」 「必ず試練を乗り越えて戻ってくるよ」  クゥは姉さんと約束した。  ・・・  この世界での1時間は半月。つまり60分が15日。1分は4分の1日。60秒が6時間。1秒が10分の1時間。つまり1秒は6分。 「アアアアアー-ー!!!」  試練の獣がクゥの首をはね姿を消すまでの間に6分はかからなかっただろう。 「また死んじゃったんだね」  試練の獣が去ると子狐が戻ってきて言った。転がっているクゥの頭を小突く。 「やめてくれよ」  生首のはずのクゥが抗議の声を上げた。  ギロチンで首を跳ねられても脳に血液がある数秒は生きていられる、という説がある。実際に反射によって反応しているだけかもしれないが少なくとも反射による反応は消えない。そして元の世界の数秒はこの世界の十分にも二十分にもなる。その間クゥは意識を保てた。せれだけ時間があれば十分だった。 「風よ。癒やせ」  クゥの得意とする風の魔法がクゥの傷を癒やし跳ねられた首も元に戻す。魔法とて万能ではない。死んでしまった人間は癒やせない。だがまだ死んでいない身体ならば治すことが可能だった。首をはねられても死んでいないことになるのは謎だったが。 「何度見ても不思議。どうして死なないの? 」  子狐が首を捻る。 「僕もよく分からないけど」  治るものは仕方ない。だがさすがに何の制約もないとはいかない。果てしない疲労感がおしよせてくる。元の世界なら3日3晩寝込むほどの疲労が襲い掛かってきた。仮に元の世界で3日分の疲労ともなればこの世界では3年分の疲労ということだ。さらにこの世界ではろくに食べ物を食べることはできない。万全な状態で試練の獣に挑むのはさらに困難になってしまった。  ・・・ 「俺達6人が多くの星を持って生まれてきたことは偶然だと思うか? 」  試練の扉の前でコウが問いかける。  扉に入れるのは何人でも可能だったが扉の先が同じところに繋がっているとは限らなかった。むしろ今まで試練の門をくぐってきた者達の話では違う場所に繋がっている可能性が高かった。ある者は雪山にまたあるものは砂漠へと繋がっていたという。それぞれに合わせた試練の地へと導くらしい。 「魔法属性は6種類。そして俺達も6人。そして俺たちの名前は…」  ホムラは炎、スイは水、クゥは風、ダイチは地、ヤミは闇、コウは光。それぞれの属性に連なる名前を持っている。 「星読みの婆は時代が動き始めていると言っていたが俺は逆だと思っている。終わろうとしてるんじゃないかって。ほら蝋燭が燃え尽きる時一瞬だけ燃え盛るって言うだろう?」 「どうしてそんなことを? 」  クゥはコウが何故そんなことを言い出したのか意図が分からなかった。今から試練に向かおうというのにもっとふさわしい会話があったはずだった。 「いや、なんとなくだよ。ただ…」  コウは何かを迷っているようだった。 「怖いのかもしれない。6人もいたら全員は戻ってこれないのかもしれないって。だから全員戻ってこれる理由を探していたのかもしれない。そして逃げていい理由も探していたのかも」  コウは迷いを振り切るように言った。 「クゥ絶対戻って来いよ? 」 「それを言うならコウもだよ。戻ってこなくちゃだめだよ? 」  クゥは苦笑しながら答えた。  ・・・ 「本当はその豆は君が食べるように与えたんだけど」  子狐が言った。 「そんなことしたら元の世界に戻れなくなっちゃうよ」  鳥達がクゥのまいた豆をついばむ。その中の1羽がクゥの肩にとまり手から直接豆をせがむ。 「よくなついてるね」  子狐が呆れたように言った。 「ウブメとは一番仲がいいんだ」 「名前まで付けたの? 呆れた」  本来ならすぐにでも試練の獣と再戦したいクゥだったがこの世界では疲労が回復し辛い。しばらく期間をおくことが必要だった。1日くらいということはこの世界では1年くらい。その間何もしないでは暇であったので田畑を耕したりしている。皮肉なことに試練の森での作物は元の世界よりもよく育った。種は子狐からもらった。元々作物を育ててみたらというのは子狐の提案でもあった。 「君も名前を教えてくれない? いつまでも君じゃ呼びにくいよ」 「前にも言ったとと思うけど僕達にとって名前を知られること名前を付けられることはとても危険なことなんだ。使役されてしまう可能性があるからね。僕は君の使い魔になんかなりたくないよ」 「それは残念」 「それに変な名前を付けらるとその名前に引っ張られて死ぬことにもなりかねない」 「…名前ぐらいで大げさじゃない? 」 「大げさじゃないんだよ。ウブメも少し怪しいと思う。大丈夫だとは思うけど」 「ウブメって駄目なの? 一番上の姉さんの名前なんだけど」 「姉さん、ね…」 「なんで目をそらすの? 」 「いや、別に。名前に人生が引っ張られる性質上その姉さんはたぶん君の知らない方がいい人生を歩むんだろうと思ってね」 「なんだよそれ…」 「やっぱり君はずっとここにいた方が幸せなんじゃないかなと僕はそう思うよ」  そういった子狐はいつもとは違って少し悲し気だった。  ・・・  それからまたさらに5年の月日が流れた。元の世界で言うところの10日がたった。  ヤミが言うところのこの世界にいれる限界ギリギリの時間だ。とはいえ当のクゥはまだ全然元気だった。気だるさはあるが空腹で死にそうという訳でもない。 「それはね。君の魔法によるところなんだ」  子狐が言った。 「回復の魔法にも属性によって違いがある。生命力に直接働きかける光属性。身体を直接的に癒す水属性。そして風属性は活力を与える。風の魔法はあくまで人間に備わる治癒力を増殖させているだけで直接的に身体を治しているわけじゃない」 「自然治癒で直接首や手足が繋がったりするの? 」  クゥが異論を唱える。 「君は知らないだろうけど可能なんだよ。例えば試験管の中で特定の条件を満たせば細胞同士は繋がる。増殖する。そんなこと言っても君には分からないだろうけど」  確かにクゥには子狐が何を言っているのかさっぱりわからなかった。 「だからね、今の君はとても危険なんだ。この10年間何度も自身に癒しの魔法を唱えてきた。自身に宿る活力を引き出してきた。本来それはたった10日で集中的にだ。普通の人間ならとっくに限界のはずだ。その証拠に君の疲労感は抜けきっていない」 「元の世界に戻ったら寝込んでしまうかもね」 「それだけでは済まない。もう君は死んでいる可能性すらある。風の魔法を使えば死者にすら活力を与えて最後の戦いに向かわせることが可能だ。君はそれと近い状況にある」 「たとえ試練に勝っても元の世界には戻れないってこと? 」 「だとしたら試練はやめてここで暮らす? 」 「だとしても僕は戻らないといけない。そうじゃない可能性がわずかでも残っているなら」 「そう…」  子狐は予想していた答えにため息をついた。 「でも多分大丈夫だよ。試練の獣を殺せば力が手に入る。元の世界に戻ってもその力があれば君は生きながらえられる」 「そう、なんだ。でも…」 「ただ僕を殺さずに元の世界に戻ることができなくなっただけだよ」  子狐は静かに告げた。 「…」 「驚かないんだね」  なんとなくわかっていたことだった。それに気が付いたのはいつ頃だったか。割と最初の方だった気もする。  試練の獣は子狐の母だと言っていた。けれどあの黄金の獣が現れる時、子狐はいつも姿を消していた。これで気ずくなというのは無理な話だ。でも、この地を訪れずっと傍にいたのはこの子狐だった。勘違いであってほしいと思っていた。だから有耶無耶なままにしていた。 「なんとか戦わなくて…」 「今更戦わなくていい手段はないのか? なんて言いっこなしだよ。君がこの世界にいれるのは限界だ。そして君は元の世界に戻らないといけない。なら戦うしかないじゃないか? 」  子狐は首を振った。  ポツリポツリと雨が降り始める。やがて雨は雷雨にかわり… 「さぁ最後の戦いを始めよう」  そして子狐は金色の試練の獣へと姿を変えた。
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