幸福の呪い

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「何か思いだせそう?」 「ん~~……いや、まったく!」 「そっかそっか。焦らなくていいよ。思いだすって結構体力いるし、時間もかかることだからね。ゆっくりでいいさ」  微笑みながらサラサラの茶髪をそっと撫でる。包帯のごわごわとした感触がいやに手にまとわりついた。 「ごめんねぇ、ノロマで」  香奈がにへらと笑った。その笑顔は、事故以前と何も変わらなかった。  香奈には、事故で重度の記憶障害が残った。頭を強く打ったことと、精神的なショックが原因らしい。そりゃあ、結婚式が一週間後だったのにこんな悲劇に巻き込まれたら、誰だってショックに決まっている。僕と香奈にとって大切な幼馴染である亮太(りょうた)がその事故で亡くなったことも、大きな要因だった。  僕と香奈、そして亮太。仲の良い幼馴染だったから、突然一人が欠けたら心にぽっかり穴が開く。特に香奈は、亮太とはよくバカ騒ぎしていて悪友みたいな関係だったから、尚更キツイだろう。 「そういえば、まだ名前教えてくれないの?」  また意識が過去に引っ張られそうになった時、香奈が僕の手を引っ張った。無垢な瞳がこちらを見ている。 「んー、秘密。大したことじゃないし」 「えー、名前は大事だよ? 忘れてる私も悪いけどさぁ。私とは、どんな関係だったの?」  香奈が興味津々に尋ねてくる。 「ただの知り合い」 「本当に? ただの知り合いなのにわざわざ毎日お見舞いにくるの?」 「……ちょっと仲のいい知り合いかな」 「ちょっと?」 「……それなりに」  ぐいぐいと顔を近づけてくるので、思わず背をそらず。椅子から落ちそうになりながら、香奈をそっと押し戻した。  心臓に悪い。  急激に熱くなった顔を押さえて、僕は彼女から目を逸らした。遠くで亮太が、「本当に瑞樹(みずき)は香奈が好きだな」なんてからかうように笑った気がした。
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