幸福の呪い

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「……意地悪だなぁ。私のこといじめてたいじめっ子なんじゃない?」 「まさか。いじめっ子ならこんなとこまで来ないよ」 「それはそうだ。なんだろ、普通に高校とか大学とかの同級生? そもそも同い年なの?」 「歳くらいならいっか。同い年だよ」 「やっぱり? そんな気がした」  一つ情報ゲットだ、なんて香奈は上機嫌にメモを取る。初デートの景色の隅に、僕の情報が一つ書き込まれた。 「同い年だと……やっぱ学校の友達が一番濃厚な気がするんだよなぁ」  香奈がペンを顎に当てながら小さく唸る。少しずつ近づいてくるような解答に、僕の心臓が忙しなく音を立てていた。 「あ、もしや、意外と恋人とかだったり!?」 「……」  冗談交じりに言ってきた香奈に、すぐに返答することができなかった。言葉が喉元で絡まっている。肯定も否定も、短い返事で済むはずなのに。  どうしても、すぐには声になってくれなかった。 「……え、当たり?」 「さぁ? どうだろうね」 「え~~またはぐらかし?」 「すぐ教えたらつまらないからね。ほら、あんまり考えすぎると頭痛くなるから、そろそろ休みなよ」 「うわ、適当に切り上げた。分かんなかったなぁ、今日も」  「こうさーん」とお手上げと言わんばかりに両手を上げた香奈が、白いベッドに沈む。窓から入り込む風でスケッチブックが捲れて、真っ白なページを映し出した。 「それじゃあ、僕もこの辺で。また明日も来るよ」 「やったー。約束ね」  香奈が右手の小指を差し出してくる。いつもの契りの方法だ。  香奈はいつも約束をする時、必ず指切りをしたがる。悪戯をしかけて秘密にしてほしい時も、亮太の買っておいたおやつを食べちゃって黙っててほしいと頼まれた時も、これからも一緒にいてほしいと言われた時も。  いつだって、彼女は指切りをしてきたんだ。 「うん、約束」  僕はいつだって約束という鎖で他者と繋がっている。  もはや呪いだ、なんて二人の幼馴染を思いながら僕は病室を後にした。
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