幸福の呪い

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 次の日も、その次の日も、香奈のお見舞いに向かう。香奈の記憶に特に変化はなく、至って平凡な日々を過ごしていた。  亮太が亡くなってもう一ヵ月になる。  早いもので、僕たちは既に日常を取り戻しつつあった。もっとも、香奈は全てを忘れただけであって、何も取り戻せてはいないのだけれど。 「香奈、今日も来たよ」  ノックの後にそう呼びかける。  だが、今日は返事が返ってこない。ちょうど病室にいないのだろうかと思いながら扉を開ける。 「なんだ、居るじゃん。香奈―?」  香奈は珍しく窓の外を見ていた。それも、ベッドから抜け出して、食い入るように窓の外を覗き込んでいる。 「……香奈?」  様子が変だと思った僕は荷物を置き、慌てて香奈に近寄った。その横顔を見た時、僕はぎょっとした。 「どうしたの、香奈……」  窓の向こうを見つめる彼女の頬には、いくつもの雫が伝っていた。時折しゃくりあげる香奈は、ようやく僕に気がついたのか、泣き腫らした顔で僕に言う。 「……私、私って最低だよ! だって、こんなこと、忘れてて……!」  僕の腕を掴み、錯乱したように叫ぶ。歪んだ涙声が病室内に響き渡った。 「でもまだ全部思い出せなくて! なんで!? なんでなの!? 私が事故にあったからいけないの!?」 「か、香奈、落ち着いて……!」 「どこ!? ねぇ、どこにいるの!? 誰、なの……!? どうしよう、助けて、お願い……。思い、だせないの! 私、私には……」  泣きじゃくる香奈を思い切り抱きしめる。あやすように背を撫でれば、乱れた呼吸が少しずつ落ち着きを取り戻していった。  鼻をすする音が何度も響く。  服が涙で濡れていくのを感じながら彼女が落ち着くのを待っていれば、時を止めるかのような発言が耳に届いた。 「……婚約者が、いたはずなのに」
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