幸福の呪い

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「わるいな、瑞樹……」  脂汗で汚れた顔で、幼馴染が笑う。なんでこんな時にまで笑っているんだよと悪態を吐きたくなった。  そんな余裕はなく、僕はただ震える手で血にまみれた手を握ることしかできなかった。 「香奈のこと、幸せにしてやってくれないか……僕にはもう、できそうにない……」  救急車のサイレンが聞こえる。まだ、助かるかもしれないじゃないか。どうしてそんなに早く諦めるんだよ。 「……僕からの、最後の願いだ。頼む。香奈を、幸せにすると約束してほしい」  視界が滲んだ。  無音で零れる雫が亮太の頬に落ちる。反論することも、約束をすることも僕にはできず、彼はそれを最期に何も喋らなくなった。  喪失感のままに香奈に会いに行って、僕は幸か不幸か彼女が記憶喪失になったことを後に知る。最悪なことに、これでは亮太が取り付けてきた約束を守ることが可能になってしまった。  僕が香奈を幸せにするのは無理な話だ。香奈は、亮太と幸せになりたかったのだから。  だから、お前が幸せにしてやってくれ。  二人が結婚すると僕に打ち明けた時みたいに、胸中でそう言った。  事故で死んだのは、春日井亮太じゃない、酒井瑞樹だ。  そういうことにしておいてくれ。  この体も記憶も何もかもをくれてやる。名前だってもう消して構わない。  だから、ほら。 「……君を、婚約者としてこれからも幸せにすると約束するよ、香奈」  どうか、彼女を幸せにすると約束してくれ、亮太。
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