その2(ヴァーマナ視点)

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その2(ヴァーマナ視点)

 ガシャーン!  首から千切るようにむしり取った薔薇水晶のネックレスを壁に向かって投げつけると、粉々に割れた薔薇水晶の欠片がキラキラと輝いた。 「まったく忌々しい……」  わたしはその欠片を靴の裏でぐりぐりと踏み付ける。ジャリッと音を立ててさらに細かい欠片になったのを確認して、やっと落ち着くことができた。 「……あぁ、でも今日も無事にアレックス様からの贈り物をお姉様から取り上げる事が出来たわ。最初の頃は多少抵抗してきていたけれど、最近はとても素直に渡してくれるし……計画は順調ね」  アレックス様はこの国の王太子殿下だ。金色の髪に緑翠の瞳をしていて容姿も整っている。たくさんの令嬢たちからも絶大な人気を誇る国一番の美少年とも名高いアレックス様がお姉様を婚約者としてお決めになったのが今から5年前の事。たまたまわたしがお姉様から離れていたほんの1日の出来事が全てを狂わしたのだ。  あれは……わたしたち姉妹の10歳の誕生日のお祝いに家族ででかけたときこと。  別荘地にある湖のほとりでお姉様とふたりで遊んでいた。すると、どこからか水音が聞こえてきて、よく見ると子供が溺れていたのだ。泳ぎが得意だったわたしはとっさに湖に飛び込みその子供を助けた。なんとか岸辺まで戻ったときに見えたのは大人を呼びに行ったお姉様の泣き顔で……それからわたしは倒れて熱を出してしまい、丸一日寝込んだのだがーーーーその時にわたしには天変地異でも起こったかのようなとんでもない記憶が蘇ってきたのだった。  翌日、混乱しながらもお姉様に相談しようと家族のいる部屋に行ったらこれまた衝撃的なことを教えられてしまう。  なんと、あの時助けた子供は王子で、お姉様が婚約者にと求められたのだそうだ。  わたしは愕然とした。だが、やはりなのだと確信してしまったのだ。  あの日からお姉様は変わってしまった。  ならば、わたしも変わるしかない。  ーーーーだってこの世界は乙女ゲームの世界で、わたしがヒロインなのだから。 「あぁ、やっぱり憎たらしいわ」  婚約時のお姉様とアレックス様のふたりが描かれた肖像画を睨みつけ、床に叩きつけるとの顔の部分を水晶の欠片がついた靴でジャリジャリと踏みつけた。キズと汚れに塗れたその顔を見てちょっとはスッキリするがやはり鬱憤は晴れない。  あれからというもの、肖像画を描かせれば必ずふたりが一緒に描かれるし、記念日であろうがなかろうが、宝石や花束……毎日のように贈り物が届いた。  だからわたしは言葉巧みにお姉様を言いくるめて、その贈り物を全て取り上げてきた。今日の交換したパールネックレスだって本当はわたしにあんなもの贈られて来たりしていない。あれはわたしが用意したものだからだ。毎回ただ取り上げるだけでは不審に思われてしまうからこうやって下準備もかかさないのである。お姉様はいつもボーッとしているし、わたしの事を信じて疑わないから大丈夫だとは思うが念には念を入れなくてはならない。  わたしの壮大な計画のために。  あぁ、それにしても忌々しい。とイライラが募るばかりだ。  だが、ここで諦めるわけにはいかない。わたしが前世でプレイしていた乙女ゲームは王道ながらも様々なニーズに答えてちょっと変わった隠しルートもあるようなゲームだった。わたしはどうしてもその隠しルートに進みたいのだ。  その隠しルートとは……。  それは、悪役令嬢救済ルート!!  そう、わたしがヒロインでお姉様が悪役令嬢だったのだ!  お母様のお腹の中にいたときからずっと一緒だったお姉様!愛してやまないわたしの半身!!  お姉様はどこか鈍臭くてトロくって……なんかこう、わたしが守ってあげなきゃ!いや、守る!と幼い頃からずーーーーっとべったり離れないでいたのに!!  まさか、わたしが自ら王子と悪役令嬢の出会いイベントを達成させてしまったなんて……!あんな男なんかあのまま溺れさせとけばよかったんだぁ!  ストーリー的には、王子は自分を助けてくれたヒロインと悪役令嬢を勘違いして婚約を申し込むのだ。悪役令嬢は勘違いだと知りつつ真実を訴えるヒロインを嘘つき呼ばわりして婚約者の座を手にする。しかし、成長してから段々とヒロインが気になりだした王子が溺れた時に無意識に手に掴んでいた髪飾りの欠片の事を思い出し、実はそれはヒロインの髪飾りについていた物だとわかり真実が露見する。なんとヒロインは王子に一目惚れしていて必死にしがみつく王子が握って壊した髪飾りを今も宝物として持っていて、それを知った悪役令嬢が取り上げようとした事がバレて、断罪されるのだ。  誰があんな変態王子に一目惚れなんかするか!  あいつは絶対に裏があるわ!これはヒロインの第六感がそう訴えているのだから間違いない!  あいつはお姉様を手に入れるために溺れたフリをして近づいてきた要注意人物なのよ!  わたしは粉々になった薔薇水晶の中から出てきたあるものを指先でつまみ上げ、そのまま押しつぶす。  ピーーーーブツッ!と不快な電子音が聞こえ、音が途切れた。 「フッ……やはり発信機。毎度毎度、飽きもせずお姉様への贈り物に色々と不審な物を仕込みやがって……」  他にも盗聴器やら録音器やら、物騒な物を仕込んでは贈り続けるストーカー王子め。本当に忌々しい!だいたい盗聴器とかなんて王家の隠密が使うような極秘気密な品物なのに、婚約者への贈り物に仕込むこと自体が気持ち悪いのよ!  お姉様が今のように思考するのをやめて、ボーッとしだしたのも王子と婚約してからだ。絶対にわたしが寝込んでいたあの日に何されたに違いないのである!  あんなあやしいやつに大切なお姉様を渡すもんですか!絶対に邪魔して婚約破棄させてやるんだから!  わたしは決意も新たに、肖像画の王子の顔をハイヒールのかかとで踏み抜いてやったのだった。  ちなみにお姉様に渡した一粒パールのネックレスは特注品で、薔薇水晶よりもさらに珍しい虹色真珠というものだ。普段は地味だが時折キラリと見せる輝きは最高級品なのである。やはりお姉様にはシンプルながらも気品がある物がよく似合うのだ。
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