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『……』 『……』  静まり返る部屋には、リディアとシルヴィが向かい合って座っている。シルヴィの後ろには二つしか椅子がないので立ったままのフレッドがいた。 『あの……』 『あの!』  瞬間声が重なり二人は顔を見合わせた。 『シルヴィちゃんから、どうぞ』 『え、あ、リディアちゃんこそお先にどうぞ』 『……』 『……』  そしてまたリディアもシルヴィも俯き黙り込む。話さなくてはならない事は沢山あった筈だった。だがいざ本人を目前にすると、それ等全てスッポリと抜け落ち頭が真っ白になる。  ディオンがこれから先どうしようと考えていたのかは正直分からない。このままずっとこの辺境の地で暮らすのか、はたまた別の場所へ逃亡するか……。だが、リディアはずっと考えていた。いつか……数年、数十年と経とうとも、いつかシルヴィに再会出来る事があるなら、自分の思いの丈を全て伝えたい、謝りたいと……ずっと考えていた。なのに予想外に早く機会が巡ってきたので、まだ心の準備が出来ていない。 『あのね……これを』  長い沈黙の中、先に口を開いたのはシルヴィだった。そしてリディアの前に封書を差し出す。 『マリウス殿下から、リディアちゃんへお手紙を預かって来たの』  リディアは受け取った手紙を開く。中身は数枚の紙にぎっしりと文字が綴られていた。 『私は中身は読んではいないけど殿下からお話は聞いているわ。……あのね、リディアちゃん』  手紙を読み終え、動揺を隠せないリディアをシルヴィは真っ直ぐと見据えてくる。 『この一年、色々あった。兄さんが居なくなって、私ずっと塞ぎ込んでいた。情けないけど、癇癪を起こして両親や周りの人達を困らせて、随分と迷惑掛けちゃって……。一年経った今でも、私はやっぱりリディアちゃんのお兄様が赦せない』  その言葉にリディアは手を握り締めた。怖い。だが彼女の言葉を確り聞かなくてはならない。どんなに辛辣な言葉であろうと、自分にはその責務がある。 『でも、でもね、でも、でもっ……やっぱり私はリディアちゃんが好きだから、リディアちゃんは私の唯一無二の大切な友人だから…………赦したい。だって、大切な友人の愛している人だから……赦したいし、祝福だってしたいのっ。……でも、今はまだ出来ない。気持ちがついていかなくて……まだごちゃごちゃしてる。それでも努力はする。頑張るわ、私。だからね、これからも私達は友人だからね、だから、だからっ』 『シルヴィ、ちゃん……』  涙を浮かべながらシルヴィは微笑んだ。言葉を詰まらせながら必死に話してくれている。どこまでいっても彼女の本質は変わっていないのだと分かる。彼女は本当に優しい人なのだと痛感してリディアも胸が苦しくなった。 『……それに、私リディアちゃんに謝らないといけないの』  何故彼女が謝るのか……その言葉に困惑しているとシルヴィは、ポツポツとその理由を話しだした。  リュシアンが亡くなった後暫くして、彼の部屋の整理する為に中へと入ったそうだ。その時に、日記を見つけたそうで……。 『中身を見て愕然としたわ……怖くなった』  日記の中身は大半がリディアの事柄で、異様な物だったらしい。 リディア、愛している、愛してる、愛してる、愛している、愛している……。そう延々と綴られたページや、リディアを想いながら毎夜自慰をしていた事、ディオンを殺す、リディアの心が手に入らないなら殺して自分も死ぬ……来世は夫婦になろう。そんな事まで書かれていたそうだ。 『でも本当はあの時……私ね、兄さんの異変に気が付いていたの。リディアちゃんに強引に迫る兄さんをマリウス殿下が助けているのを見てしまって……。怖かった……あんな兄さん初めて見たから。でも、屋敷に帰るとまた何時も兄さんに戻っていたから、あれは何かの間違いなんだって……思うようにして見なかった事にしたの。……マリウス殿下が仰ってたわ、兄さんはリディアちゃんのお兄様をずっと疎ましく思ってて殺そうとしていたのだと。信じられないって思ったけど、あの日記を見たら納得せざるを得なかった。だからきっとリディアちゃんのお兄様が兄さんを殺さなかったら……きっと兄さんがリディアちゃんのお兄様を殺していた……。だから私にも責任があるの……あの時私が兄さんとちゃんと向き合っていたらまた違う結果になったかも知れない……」  マリウスからの手紙にはクロディルドが前国王ハイドリヒを暗殺させた証拠と、セドリックとマリウスがハイドリヒの実子でない証拠を公にするとあった。追記にこんな事も書かれていた。 『リディア、君はもう自由だよ。勿論、ディオンもね。好きな場所で、好きな人と、生きていいんだよ。ただ、王を失った国の辿る末路は想像するに容易い。もしも君が、この国の未来を少しでも案ずる気持ちがあるならば……女王として帰還する事を僕は願う』 『シルヴィちゃんが謝る事なんて何一つない。私こそシルヴィちゃんに謝罪すべきなの。……謝って済む事じゃないのは分かってる。リュシアン様は、もう還らない。それでも謝らさせて欲しい……。ごめんなさい、ごめんなさいっ』  泣いてはダメだ。自分にはそんな権利はないと涙こそ耐えたが、声は抑えられなく震えてしまう。  それから暫し二人は話し続けた。 『リディアちゃんは、これからどうするの……』  マリウスの手紙の追記の更に後に綴られていた文面。もし戻るならば、どの様に行動するか書かれていた。マリウスはまだ真相を公にはしていない。リディアが戻りクロディルドを糾弾する際に使うつもりのようだ。 『……マリウス殿下は私が女王になるべきだと考えているみたいだけど、私には正直良く分からない。確かに血筋だけで言えばそれが正しいのかも知れない。だけど私みたいな小娘がいきなり現れて王になりますって言われて、家臣や貴族、民衆の人達は納得して受け入れてくれるのかしら……。私は無知で、頭だっていい訳じゃ無い。何か特別なものを持ち合わせている訳でも無い。……でもマリウス殿下が真実を公にすれば少なからずクロディルド様やセドリック様への不信感が生まれる。貴族達からの信頼を失えば、いつか近いうちに国は乱れ始める。セドリック様に王になる権利がないとなれば、玉座を狙う者がきっと現れる。そうなれば、乱れるどころか内乱が起き、国は傾き民衆は苦しむ事になる』  リディアは唇を噛み締める。  もう、誰かが傷付き死ぬのなんて見たくない。それは貴族であろと民衆であろうと同じだ。  ふと頭に浮かぶのはいつかのグリエット家の領地で出会ったオリヴァーやエマ、街の人々、教会のシスターや子供達。城下町で見た沢山の人達……。この国にはもっともっと沢山の人達が暮らしている。内乱になれば一番の犠牲になるのは彼等なのだ。 『……シルヴィちゃん。私、帰るわ』  本当は今のディオンとの幸せを手放したくない。贅沢なんてしなくていい。煌びやかなドレスや装飾品や豪華な食事も、広過ぎる屋敷だって必要ない。ディオンがいてくれたら何もいらない。そう思う程この一年余り、十分過ぎるくらい幸せだった。このままずっと二人で寄り添い生きていきたかった。二人で慎ましく生きて、いつか子供が生まれる未来を夢見ていた。だがそれはきっと赦されないのだと思う。  ふと、亡き母の顔が浮かぶ。強く優しく美しい母……。もし母がリディアの立場なら、きっと帰ると思う。 『私……女王になるわ』  フレッドによればディオンは辺境伯の元で働いており、今エクトル率いる騎士団が向かっているとの事だ。リディアはシルヴィ等と共に辺境伯であるカルロスの城へと向かった。
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