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 話し声が聞こえて来た。聞き慣れた声と気配に特別緊張する事はない。ただ……その内容にリディアは胸が騒いだ。  いつの間にか意識を失っていたらしく、気付けばベッドの上に寝かされていた。マリウスの話し声とディオンの声もする。だが気配は別に複数人分感じた。  目を開けようとしたが、話はリディアの父親が誰かと言う突拍子のない話になっており結局そのままでいた。気づかなれぬ様にと、寝返りを打ち声の方向へと背を向けた。そして寝たフリをしたまま話に耳を傾けていた。  マリウスの話はとても現実とは思えない内容だった。自分が王弟の娘で、国王は子が出来ない体質でありマリウスやセドリックは実子ではない。今王族の血筋を受け継いでいるのは国王と自分だけ……。  訳が分からない。まるで何かのお伽話でも聞かされている気分だ。 「それにしても、リディア嬢が無事で本当に良かったよ。シルヴィ嬢のお陰かな」  不意にマリウスが脈絡のない事を言う。 「え、何故私の……寧ろ私がリディアちゃんに……」  シルヴィの困惑する声が聞こえて来た。 「先日の僕の助言通り、お揃いにしてきてくれたからね」  リディアにはマリウスの言わんとする事が理解出来なかった。 ◆◆◆  マリウスの言葉に部屋の空気がぞわりとした。言葉の意味を瞬時に理解したであろう、リュシアンやフレッドはマリウスを凄い形相で見遣る。 「リディア嬢が狙われる可能性を考えて、君には囮になって貰ったんだ。読み通りリディア嬢は狙われていたが、シルヴィ嬢と勘違いをしてくれた。まあリディア嬢が飛び出していったのは想定外で、あの時は焦ったけどね」  悪びれもなくそう話すマリウスに、ディオンは内心同意した。自分よりも先手を打っていた事は気に入らないが、関心はする。流石にマリウスの様に口にはしないが、ワザと喧嘩を売る様な真似はしない。多分彼にはその気はないだろう。実に彼らしい。 「始めからシルヴィを、妹を囮にしていたと言う事ですか⁉︎」  憤りを隠せないリュシアンが声を荒げる。それに対して、マリウスは「そうだよ」と軽く答えた。 「ふざけているっ!幾ら殿下であろうと」  彼が剣に手を掛けたのが見えた。 「何で怒るのか僕には分からないな。だって君はさ、リディア嬢が好きなんだろう? 以前妻にしたいと宣っていたよね。その彼女を助ける為なのにおかしな事を言うね。じゃあさ、どうする? もしリディア嬢と結婚したとして、自分の妻と妹の命を秤にかける場面に遭遇したとして……君はどちらを選ぶ?」  マリウスから淡々と突き付けられた問いに、リュシアンは目を見開いたまま微動だにしなくなった。かなり動揺しているのが見て取れる。  まあ、このお坊ちゃん育ちの彼には想像すら出来ない発想だろう。だから甘いんだ。  彼だけではない。此処にいる殆どの者が同じだろう。本当に大切なモノを護るには、他のモノを切り捨てる他ない。全てを選ぶ事など、出来ない。理想と現実は違う。  そして今の彼にどちらかを選ぶ事は出来やしない。それを分かった上でマリウスは聞いているのだ。全く良い性格をしている。 「わ、私は……私、は」  それ以上リュシアンが何かを発する事はなかった。 「なら他の者達はどうかな?」  マリウスの言葉にその場の誰もが視線を逸らした。 「ねぇフレッド、君は随分とシルヴィ嬢と仲が良いけど、シルヴィ嬢を護る為にリディア嬢を事が出来る?」  マリウスは敢えて嫌な言葉を選んで言っている。選ぶ、ならばまだ答え易い。それなのにも関わらず殺すと、ワザと表現をしている。  幾らフレッドが騎士団員だとしても、何の罪もないましてや女性を殺すなどと言えない事は分かりきっている。フレッドもリュシアン同様黙り込み俯いた。 「なら……ディオン」  次は何と言うのか、逆に興味が湧いて来た。無意識に唇が弧を描く。 「君はリディア嬢を護る為なら、僕や此処にいる全員を殺す事が出来るかい?」  実に下らない質問だった。 「愚問ですね、マリウス殿下。そんなの、答えるまでもない。……出来るに、決まっているじゃないですか。見くびらないで欲しい。リディアの為なら自分の命すら投げ打つ。俺は何処かのご子息みたいに甘くはないのでね」  驚きを隠せないリュシアンと目が合った。彼は信じられないものでも見る様な目でこちらを見ていた。マリウスだけは穏やかに笑みを浮かべていた。
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