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私はネルシャツを頭から引っ剥がし、ありったけの力を込めて斎樹さんを睨みつけた。深く澄んだ彼のブルーの瞳に跳ね返されそうになりながらも、きゅっと目元に力を入れる。
「ああ、確かに 」
斎樹さんはぽそりと呟いて、カットソーの袖口を指先で押さえると、私の目元に腕をぎゅっと押し当ててきた。
「ち、ちょっと、やめてください 」
ぐいぐいと押し付けられる彼の腕の向こう側から、斎樹さんの無邪気な笑い声が聞こえてくる。彼のその表情が見えないことが、なぜかひどくもどかしかった。
「はいはい、二人ともじゃれあってないで 」
不意に差し込まれた充さんの声に、ビクッと心臓が過剰に反応した。別に悪いことをしていたわけでもないのに、なんとなく、妙な気まずさが顔を覗かせる。
充さんは、斎樹さんと私の間にごつごつとした無骨な風合いの深皿を置いた。そこには鯛焼きが五尾、少し窮屈そうに詰め込まれている。そしてコーヒーの湯気が立ち上るマグカップをそれぞれの前に置くと、鯛焼きをひとつつかんで頭からかぶりついた。
「あんことコーヒーって意外と合うよね。あ、真紘ちゃんも冷めないうちにどうぞ 」
充さんに促され、端の一尾に手を伸ばす。生地は熱々とまではいかなくても、まだじんわりと温かい。私が手を引く数コンマ遅れで、その隣の一尾が引き抜かれていくのが視界に入った。
斎樹さんは鯛焼きの頭と尾の部分を両手で持ち、そのまま鯛焼きのお腹の部分に豪快にかぶりついた。それは、さながら油の滴り落ちる手羽先にかぶりつくようでもあった。
「頭からか尾っぽからかって話になることはあるけど、これはないよね 」
「ええと……、ええ、まぁ 」
斎樹さんは鯛焼きのお腹にかぶりついたまま、不本意だと言いたげな顔で充さんを睨む。
「ここが、一番、美味いだろうが 」
咀嚼音とともに途切れ途切れにこぼれてくる言葉からは、彼のちょっとやそっとでは揺るぐことのない絶対的な自信がひしひしと伝わってくる。
「まず、一口目に口に入るあんこの量と生地の面積のバランスが他とは段違いだ 」
どうやら何かが始まってしまったらしいと感じて充さんをチラと見遣ると、苦笑いとも取れる含み笑いを返されただけだった。
「そこで、そのまま両側を順に齧っていけば、最後まであんこと生地のバランスは保たれたまま食べ終わるって寸法だ 」
斎樹さんはそこまで言い終わると、手に持っていた鯛焼きの頭の方を口に投げ入れ、コクっと飲み込んだ。充さんと私が見守る中、満足そうにコーヒーで喉を潤すと、コホッと一つ咳払いをした。
「それに、魚はこう食べるだろ。つまり、これが鯛焼きのベストな食べ方だ 」
満を持して弾き出された、鯛焼きの "どこから食べる" 論争の結論に、呆気にとられたような沈黙が流れる。
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