1. オランジェット ~ カフェのようなビストロのような居酒屋のような ~

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1. オランジェット ~ カフェのようなビストロのような居酒屋のような ~

 夕焼けが宵闇に(いだ)かれてれているようだ、と誰かが言った。  ミッドナイトブルーのタイル張りの壁面に、ぽっかりと浮かんだまぁるい白い窓枠。そこに嵌め込まれたオレンジ色のステンドガラスが、店内の照明を受けて柔らかく揺れる。  そのビルに入る店舗の名は、"オランジェット"と言う。あの、ドライオレンジにチョコレートをかけた菓子の名と同じだ。  オレンジ色の窓がその菓子を連想させるが、ビルの外観から着想を得て店の名前を考えたのか、それとも店の名前に合わせてこのビルを建てたのかは定かではない。この、たまひよ論(卵が先かひよこ先か)の真相は、ここに店を構えた創始者だけが知りうるところだが、残念ながら彼はすでに亡くなってしまっている。  現在店を切り盛りしているのは、彼の二人の孫たちである。  "材料が許す限り、客の食べたいメニューを提供する" と言う創始者の口癖を律儀に継承し、カフェのようなビストロのような居酒屋のようなそんなお店に仕上がった。  メニュー表もお品書きもない代わりに、食べたいものを注文するシステム。材料が許す限り大抵のものは作ってくれる。居酒屋メニューから和定食、洋食メニューに、なんちゃって中華、創作料理もお手のもの。希望があれば、その日の気分で、カクテルなんかも "調合" してくれちゃったりなんかする。  今宵も街に夜がゆっくりと降り始めた。チョコレートのような闇がオレンジ色の空を包み込んでいく。  カフェのようなビストロのような居酒屋のようなお店、オランジェットに優しい明かりが灯ったら、そっとそのドアを開けてみて。きっと、あなたのお腹も心も満たしてくれるはずだから。
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