3. 失恋のハートも駆け出す抹茶モクテル

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 スッと背筋を伸ばしたコリンズグラスの中で、氷を揺らしながら煌めく深い緑色に心を奪われる。オレンジの輪切りをモチーフにしたコースターとのコントラストがレトロモダンな遊び心を醸し出していた。 「あの、私、お酒はちょっと…… 」  その見た目からも然り、加えて先ほど彼はシェイカーをバーテンダーさながらに操っていた。  目の前のグラスの中から、魅惑的なカクテルと思しきものがキラキラと誘ってくる。飲んでみたいのはやまやまだけれど、あんな失態を犯した手前、ここ最近は意識的にアルコールを遠ざけるようになっていた。 「あ、これノンアル。ええと、"モクテル"って言ったかな、ノンアルコールのカクテルのこと 」  ホッとしたのが顔に出ていたのか、彼はふっと柔らかく笑い、カウンターテーブルを挟んで私の正面に座った。 「やっぱりあんなことあると、ちょっと身構えちゃうよね 」 「ええ、まぁ…… 」 「これは、抹茶トニック。抹茶をトニックウォーターで割ってちょっとシロップを加えただけ。さっきいただいたお菓子が、洋菓子っぽかったから、こっちの方がいいかなって 」  先日のお詫びの品に選んだのは、白あんと白桃のジュレをふわふわのスフレ風生地で包んだ今の季節限定のオムレット。  グラスの中の抹茶とのグラデーションが映える若竹色の皿の上に載せられ、その傍らにはチョコレートソースで描かれた木の枝の上に、ベリー類が宝石のように散りばめられている。  自宅で食べるなら、包みを破いてそのままかぶりつくところだけれど、場所が変わればこうも変わるのかとその美しさに感嘆のため息が出てしまう。 「ええと、改めまして、僕は白坂(しらさか) (みつる)です 」  白坂さんはそう言って、ニカっと少しだけ嘘っぽい営業スマイルのような笑みを浮かべた。 「あ、宮野 真紘です 」  つられてそう言うと、「いや、さっき聞いたし 」と、即座にツッコミが飛んできた。  そういえばそうだったと口元を押さえると、白坂さんはクックッと笑いをこぼした。ついさっきの営業スマイル然りな笑いとは違っていて、きっとこれは彼の素の笑顔なのだろう。  この前の彼にしても、なんだかここでは笑われてばかりだ。それでも嫌な感じがしないのはここに流れている柔らかな空気のせいなのかもしれない。 「あ、どうぞ。よかったら、飲んでみて 」  グラスに顔を近づけると、ぱちぱちと跳ねる炭酸の気泡に乗って抹茶の上品な香りがふわっと舞い上がる。そっとひとくち口に含むと、しゅわっと炭酸の泡が舌の上で弾け、その隙間を縫って抹茶の芳醇な香りと苦味がふわっと口の中いっぱいに広がった。 「美味しいです。すっきりしていて 」  キリリとした抹茶の深い苦味とシュワっとした炭酸の爽快感が絶妙に絡み合い、最近の鬱々とした気分を吹き飛ばしてくれそうな気がした。 「よかった。お酒がダメなお客様もいるから、少し勉強してるんだけど、まだまだだからね 」  白坂さんはそう言って、グラスに口付け、クイクイと抹茶トニックを喉に流し込んだ。その表情を見るに、味には最初から自信はあったのかもしれない。
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