繭と僕と繭

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★ 東京から車で三時間。彼女の故郷は盆地に広がる交通拠点の町で、緑が燃えたぎる山々に囲まれていた。 晴れの日が多い町だと聞いていたが、まさにその通りだった。 木漏れ日をくぐり抜けてたどり着いた彼女の実家。残された手紙の住所が頼りとなった。 けれどそこには今にも崩れ落ちそうな木造の平屋があるだけだった。 人の気配はまるでない。虫と蛙の鳴き声と、風に揺られた草木のささやきがその世界の音だった。 ふと、庭の草むらの中に積み上げられた荷物に目が留まった。見たことのない形の箱だ。 近づいてみると、それは厚紙を重ねて作った格子状の箱で、高さは腰のあたりくらいまである。 かさりと音がして、箱の裏から虫が姿を現した。全身がベージュ色で、串のような触覚を持つ、まるまると太った、蛾。 さらに何匹も姿を見せ、雅史の目前をうろつき始める。こちらを見て一匹が羽を震わせると、皆、羽を動かし始めた。 それはまるで来客を歓迎する舞のように見えた。 蛾の習性なのだろうか? と疑問に思う。 するともやがかかったように視界が霞んでいることに気づいた。耳鳴りがして、すう、と血の気が引くような感覚に陥る。 おかしい、鱗粉に毒があるのだろうか。あわてて目の前のもやを払いのけようとしたが、蛾の羽ばたきはさらに勢いを増す。もやは濃くなってゆく。 しだいに全身が麻痺するような感覚に襲われ、足がいうことをきかなくなる。逃げられない。 意識が引き抜かれていくような感覚に陥り、雅史はその場に崩れ込んでしまった。
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