繭と僕と繭

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★ 雅史の目を覚まさせたのは聞き覚えのあるチャイムの音色だった。 はっとなって身を起こし、あたりを見回す。 すると雅史は、古びた木造の教室の中にいた。机に突っ伏して眠っていたようだ。 高校生くらいの学生たちが帰り支度を整えているところだった。 ――どういうことだ……? 状況を把握しようと、自分の姿を確かめる。すると驚いたことに、雅史自身が詰襟服をまとっていたのだ。 全身から嫌な汗が吹き出す。 とにかくここはどこなのか確かめなければ。 話しかけられそうな生徒を探すが、皆、何人かで固まって楽しそうに教室を出て行く。 切り出すタイミングを逸したと思った。けれど背後から椅子を引く音が聞こえたので振り向く。 後ろの席には、女子生徒がいた。机の中を覗き込んで荷物を整理している。 金髪のふたつおさげに派手な朱色のマニキュアが見えた。遠慮がちに声をかける。 「あの、すいませんけど――」 「あん?」 声に気づいて顔を上げた。瞬間、雅史は絶句した。 信じられなかったが、見間違うことなどあるはずがない。 それは紛れもなく、雅史の妻の、若い頃の姿だったのだ。 「(まゆ)……?」 思わず彼女――妻の名前を呟いていた。彼女は驚いたように顔を歪める。 「あぁ? なに偉そうに呼び捨てしやがってんだよ、この転校生。しかもあたし名前言ったっけ?」 「あ、いや、だって、前から知ってるし……」 「うぁ、なんだこいつ、気持ち悪ぃな、変質者かよ」 汚いものを見るような目をして露骨に身を震わせる。 「僕はストーカーじゃないってば」 「は? 何? スカート? パトカー? わけわかんないんだけど」 「ストーキングする奴のことだってば」 「は、ストッキング? やっぱ変態だろ? おまえ、二度とあたしに話しかけんな!」 その人格は雅史の知る繭とはあまりにもかけ離れていた。昔のギャル風の身なりだったし、言葉遣いも粗野だ。 雅史は、ここは妻が下品なパラレルワールドかよ、と突っ込みたくなった。 ただ、雅史は現にこの不思議な現象を体験している。理由なく起こりえるはずはないことだ、きっと意味があるのだと解釈した。 だから雅史は若かりし頃の妻――繭にまっすぐに向き合い、こう伝えた。 「僕はきみに会うために、ここにいるはずなんだ」 繭は目を見開いて驚きをあらわにした。じわじわと表情が青ざめてゆく。制服から出た腕の肌が粟立っていた。 「おっ、おっ、前やっぱり気持ち悪い――っ!」 黒水晶の瞳の中には、不審者をうかがうような疑念の色がありありと浮かんでいた。
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