あの日の約束

2/6
21人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
「ただいま」  誰もいないとわかっていても、習慣的にそう口にする。確かに叔父の靴はなくなっていた。踵の潰れた古いスニーカー。叔父はいつでもどこかだらしなかった。  手洗いを済ませ、冷めた夕飯を温めなおす。ひとりで唐揚げを頬張りながら、叔父がいないことを改めてよかったと思った。叔父と二人きりで食卓を囲むなど、想像するだけで胃が縮む思いがした。  圭太は叔父が好きではない。むしろ、叔父を好きになれる人などどこにもいないのではとすら思う。  まともな職に就かず、いつも胡乱な目で周りを見ていて、何かにつけてけち臭い。たびたび家に押し掛けてきては、兄である圭太の父に金をせびっていた。断られたら断られたで、数日居座ってタダ飯を食っていく。圭太の母は疎ましく思っていることを隠そうともしなかったが、父は兄としての責任を感じているのか、何度抗議されても叔父を拒絶することができないでいた。  圭太が何よりも苦手としているところは、叔父の二面性だった。叔父は相手によって露骨に態度を変える性質だ。兄には甘えたり泣き縋ったりし、圭太の母にはヘコヘコと媚びへつらう。しかし、圭太には取り入る価値を見出していないらしく、両親の目のないところでは横柄な物言いをする。圭太はその変わり身に嫌悪を感じると共に、そこはかとない恐怖を抱いてもいた。  そんな叔父だけれども、好きだと思ったこともあった。小さい頃に、ほんの一時期だけ。圭太も少し大きくなって、叔父の人間性というものがわかってきたからこそ、それは遠い日の思い出となった。  思い返しても気味が悪く、今ではなぜあのとき自分は付いて行ったのだろうと思う。叔父に何もされなくてよかった、とさえ。どうしてそんなことを思うのか、自分でもわからなかったけれど。  叔父のことを考えているうちに思い出した。  そういえば、あの日もこんな事件の直後だった。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!