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「芽衣ちゃん、いなくなっちゃったんだって」
「もう三日も見つかっていないらしいよ」
そんな囁きがあちらこちらで交わされていた。当時まだ小学校低学年だった圭太にとっては、頭上を飛び交うそんな会話は、空を横切る小鳥くらい関係のないものだった。それでも、母親が口を酸っぱくして言ったので、圭太にも誰かが大変なことになったのであろうことだけは理解できた。
「いい、圭太。絶対にひとりで帰っちゃだめよ」
「遊びに行くときは必ず行き先を告げること。門限までには帰ること」
確かあの時も、消防団員である圭太の父は捜索に駆り出されていた。
そして、叔父はあの日も圭太の家を訪れていた。
「叔父さん」
数日後のことだ。圭太は再び家を訪れた叔父の背中に向かって、なんとはなしに訊いたのだ。
「旅行は楽しかった?」
靴ひもを結ぶ叔父の背中が固まった。ぎりぎりと錆びた玩具みたいに振り返った太い首。叔父の顔は緊張していた。
「旅行? なんでだ?」
「だって叔父さん、おっきいガラガラ持ってったじゃない。どっか行ったんでしょ?」
「見たのか?」
「うん。叔父さんが車に乗るところ」
叔父はきっと、一瞬考えたのだ。妙な間を空けてから、二ッと歯を見せて笑った。普段笑いかけてくることのない叔父。そのあからさまな笑顔に、子ども心に不審なものを感じ取っていた。
「バレちまったか。内緒だったのにな」
叔父は立ち上がって圭太を見下ろした。
「おし、圭太。ファミレス連れてってやる。叔父さんとパフェ食べよう」
「パフェ?」
圭太は目を輝かせた。ファミレスでパフェなんて、誕生日でもないと食べさせてもらえなかったから。
叔父は本当にファミレスに連れて行ってくれた。チョコレートパフェをたらふく食べて、満面の笑みでお礼を言う圭太に、叔父は指を唇にあてたのだった。
「いいか、叔父さんが旅行に行ったことは内緒だぞ。誰にも言うな。母さんにもな」
「どうして?」
「それはほら……お土産を買ってこなかったからだ。内緒で旅行に行ったのにお土産を買ってこなかったと知ったら、俺はお前の父さんと母さんにうんと怒られちまう」
それは見返りのパフェだ、と叔父は言った。圭太には叔父がなぜそんなに旅行を秘密にしたがるのかはわからなかったが、パフェを食べさせてくれた恩を感じていたので、素直に頷くことにした。
「約束だぞ」
「うん、わかった。約束する」
指切りげんまんをさせられた。叔父の毛深くて太い指は、まるで締め付ける蛇のようだった。
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