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海と月の祝言
高速を降りたのはいつだったか。
携帯を解約してからただひたすらに車を走らせた。
互いの手をずっと握ったまま。
彼はずっと片手で運転してくれていた。
元配達員をしてた彼だからこそできた芸当だが、私にはこれは無理だろうな。
でも「危ないから離そう」と思えないほど不安だった。
時が経てば経つほど恐怖が増したから。
あのとき握った手の強さを、熱を、汗の感触を、私は一生忘れないだろう。
「誓います」
参列者は海。
神父は月。
闇にけぶる海風にはやしたてられて、誓いの口づけは厳かに執り行われた。
指に光るそろいの銀の指輪。ザザンザザンと潮騒が終わることのない拍手を打ち鳴らしている。
普通ならば神父が言うはずの誓いの言葉を、自分たちの口から言うのは妙に気恥ずかしく。
けれどお互い真剣だったからなんだか可笑しくって、なぜだかむしょうに泣きたくなった。
春でも夏でもない夜の潮風は冷たく、けれど互いの手の温もりは灯台のようにしっかと道を指し示していた。
私のもてるものすべてを懸けて。
これからは私も貴方を守るのだ、と。
そしてずっと言いたかったあの挨拶を、これからは言えるのだと無邪気に喜んだ。
瞳を閉じる前におやすみと言える感動。
瞳を開いて一番におはようと言える幸福。
世間では不倫と呼ばれる関係だった私たちが、その言葉にどれほど憧れを抱いたことか。
もう少し長く抱き合っていたかったけれど、防波堤へと飛沫をあげる波に急き立てられて、式は一瞬で終わりを迎えた。
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