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俺、犬とお見合いします
……結婚、してぇなー。
なんて、俺が漠然とそう思い始めたのは確か二十代の後半。
でも仕事がそれなりに忙しかったし、ズルズル時間だけ経って気が付きゃ三十代。
危機感持って婚活始めた時には結婚適齢期の相場じゃ結構不利な年齢になってた。
最初は色んな婚活サイトに登録して、お見合いパーティなんかにも行ってみたんだ。
でも全然ダメだった。
婚活サイトじゃメッセージ交換を申し込んだ最初の一歩で断られる。
お見合いパーティなんかだと途中まではすっげぇいい雰囲気なのに最後の最後にダメになる。
――どっちも原因は分かってるんだ。俺のプロフィールのせい。
俺の性別と属性――男で、オメガ。
あ、オメガって知らねえ?
オメガは……まあ簡単に言えば、体の性別が男だろうが女だろうが子供が産める人間ってこと。
人口比率的には数パーセントしかいねぇから、みんなまさかお見合いパーティで出会った相手がそんな特殊な人間だなんて思ってねぇんだ。それでカミングアウトすると断られる訳。
オメガには、3ヶ月に一度発情期があるというハンディキャップがある。
薬で抑えられるし、その事で表立った差別は無いけれど、社会的には不利な立場だ。
そして、オメガ性は普通の人間――ベータと結婚したとしても二分の一の確率で子供にも遺伝もする。
まあぶっちゃけ婚活市場じゃオメガっていうのはとてつもなくマイナス条件なんだ。
――え。フェロモン出せば男でも女でも幾らでも寄ってくるだろうって?
甘いな。それは性欲でひっかかってくるだけであって俺と結婚したくて寄って来る訳じゃない。
俺はセックスの相手が欲しいんじゃねぇんだよ。
一生を添い遂げてくれる、可愛くて優しくて、出来れば胸がおっきい、そんな女の子をずーっと探してる。
なのになー、何でうまくいかねぇんだろう。
「鳩羽さん。あなた本当に結婚する気あるんですか?」
睫毛エクステンションを盛りまくったド派手メイクの鬼瓦が目の前に迫ってくる。
パーテーションで仕切られた狭いスペースの中で、いかにもヤリ手風のキツイ顔をした中年女性に迫られ、俺はたじたじとなっていた。
ここは業界最大手の婚活相談情報センター『ブライダルリンク・ネットワーク』略してBLネットの相談用個室だ。
婚活アプリも婚活サイトもお見合いパーティもダメだった俺の、たぶん最後の砦。
このセンターの売りは婚活アドバイザーによるきめ細かな相談対応で、この目の前にいる女性――名前は確か、蛇の目道子さん――は俺専属の相談員のオネエさんだ。
……けど俺はこの人がちょっと苦手だった。
「あっ、ありますよお、これでも!」
何で客の俺の方が愛想笑いしてるんだろう……。
そんな素朴な疑問を感じながらも蛇の目さんには逆らえない。
「でも、そもそも肝心のお見合いまで進む相手があんまり……」
言い訳を始めた俺の言葉にかぶせて、凄腕アドバイザーと評判の彼女がズズイっと顔を寄せてくる。
「あなたね! 見た目はとってもトレビアンなのよ!」
「は、はあ」
「その前髪分けて後ろに流した、いかにもサラリーマンっぽい髪型も、今風とは言えないけどとってもよく似合ってるし、清潔感があってお顔立ちも整ってらして、お肌も33歳とは思えないくらいキレイだわ。背も178センチなら十分高いし。本来なら引く手あまたのはずなのよ!」
「はあ……。お褒めにあずかりとても光栄ですう……」
目の前に置かれたキーボード付きのタブレット端末にはデータから呼び出された俺の婚活用プロフィールが表示されている。
スーツでビシッと決めて撮影したバストアップ写真と「ミナト」という婚活用ハンドルネーム、年収からライフスタイルに至るまでの細か~いプロフィールがつらつらと書かれているものだ。
「でもねえ! あなたの場合、やっぱりオメガってことと、それにお相手の方に求める条件がね……! 家事ある程度出来る方、年収税込200万円以上、というのはともかくとして……、母親と同居希望、それに、性別は絶対に女性を希望、出産はNGっていうのがねえ……」
えっ……、そこ、ダメなの?
まあ確かに「お袋と同居」は厳しいとは思ってたよ、俺も。
物心ついた時から母一人子一人の上、お袋が最近病弱でどうしても一人暮らしは無理なんだ。
それを分かってくれと言うのはかなり無理があるってのは自覚してる。
だけど性別「女性」希望がダメって……そっ、そこは男として普通のことだろ!?
「まあお気持ちは分かります。オメガの方とは言っても最近はごく普通の男性と特に変わりなくお育ちになりますものね。急に男性を交際相手として意識しろ、出産を覚悟しろと言われても難しいですわよねえ」
「そっ、そうなんですよ。俺、初恋の相手も好きな芸能人も普通に女性ですからね!? 女の子と結婚したいんです。それで可愛い赤ちゃん生んで欲しいんです……俺が生むんじゃなくて!」
俺は必死で蛇の目さんに力説した。
けれど、蛇の目さんの鋭い目はあくまでも冷酷だった。
「そこがダメなんですよ……。オメガの方とね、結婚したいっていう女性も本当は沢山いらっしゃるのよ。でもそういう方は皆さん、99パーセントの方がね、お子さんは人工授精でオメガの男性に生んで頂いて、将来的に専業主夫になって自分のお仕事をサポートして貰いたい……そんな風に思ってらっしゃるわ」
辛い現実を突き付けられ、俺はがっくりと肩を落として項垂れた。
男と結婚しても女と結婚しても、どっちにしろ俺が生むしか無いなんて……そんなのアリか。
「じゃあ、残り1%に俺は賭けたいんです……どうにかならないんでしょうか……」
「どうにか、ねえ……。鳩羽さん、本気でご結婚されたいんなら、むしろオメガであることを武器にしないと……高い会費の無駄ですよ?」
それは、もしかして俺に退会しろって言ってる……?
スラックスの膝を掴みながら俺は縋るような目で最後の砦を見た。
蛇の目さんの冷たい目がにべもない感じで俺に視線を返す。
「例えばね、この『女性』っていう希望条件を外すだけで、お相手がぐんと広がりますよ。例えば同じオメガの男性を対象にされたりとか……お相手が女性役になって下さる可能性もありますし」
女性にしては筋張った手がカチカチとマウスを操り端末で検索を始めた。
そ、それはちょっと……と言いたいのを俺はぐっとこらえて我慢した。
少しでも可能性を広げてみたら実はいい出会いがあったなんてことがあるかもしれない。
何しろこれがラストチャンスなんだから。
「そうそう、そうだわ。いっそのこと『人類』っていうご希望も外されてはいかが?」
「えっ――」
俺は心底驚いた。
プロフィール作成の際に「人類」っていうチェックボックスがあった時、俺は何かの冗談かと思いながらもそこにチェックを入れたのだ。
でもまさか、いやいや……人類じゃない相手ってどんなんだよ!?
両生類か!? 爬虫類なのか!?
「そ、そこは流石に勘弁――」
慌てて止めようとした俺の言葉を蛇の目さんは全く聞いていなかった。
「ほらぁ、こんな方とかどうかしら? 属性アルファ、年齢28歳、年収1200万円、ご職業は……こんなお若いのに会社役員ですって。性格温厚、家事堪能、お相手の家族との同居も可。あらあ~お写真も素敵じゃな~い。ちょっと選択肢を広げただけでこんなハイスペックの方ともマッチング出来るんですよ」
彼女が読み上げる余りにも魅力的な釣り書きに、俺なんかには恐れ多いと思いつつ、ついつい心を惹かれてしまう。
端末画面に表示されたプロフィールを、俺は思わず覗き込んだ。
「……。……。あの、蛇の目さん」
「はい?」
「この人の写真……」
表示されたバスト(?)アップ写真を眺めながら、俺は呻いた。
「どっからどう見ても、……犬……なんですけど……」
そこにはツヤッツヤの毛並みのゴールデンレトリバーが映っていた。
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