2022/9/12 「帰りの会」

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それは確か俺が小学3年生の時だったと思う。いつもと変わらないはずの帰りの会で起きた出来事だった。 「先生から皆さんにお話があります。」 あとはさようならの挨拶をするだけだった俺らは、会の時間が長引いたことにイライラしていた。 「こんなことが起きた事を初めは信じたくありませんでした。しかし、起きてしまったことは仕方ないこと。被害を受けた中田君のためにも、そして罪を犯してしまった人のためにも、この話し合いの機会を持つことに決めました。」 いつもと違い緊張したような悲しいような顔をしている先生を見て、何か良くないことが起きてしまったのだということは分かった。 「中田君。君の口から話してくれた方が、盗んでしまった子も自分がどれだけ悪いことかわかってくれるだろう。前に来てもらってもいいかな?」 「えっ、でも多分盗まれたわけじゃないと思うんですけど。」 「そんなことあるものか。君は優しいんだね、でも、我慢する必要はない。相手の子にもきちんと反省してもらわないといけないんだから。」 中田君というのは男の子の中でも一番背が小さくて気が弱いものの、誰にでも平等に優しい子だったので皆から好かれていた。そんな中田君の何かが盗まれたと知りクラスがざわめきだす。 「昨日のことなのですが、中田君の大切なものが盗まれました。人のものを盗むなんて最低な行為です。先生はこのクラスの誰かがそんなことをしてしまったなんてとても悲しいです。」 小学三年生でまだピュアな心を持っていた俺は、盗みなどという行為が自分のクラスで行われてしまったことを知りとてもショックを受けたを覚えている。 「先生。やめてくださいよ。落としたんですってきっと。」 怒りを隠しきれず声が大きくなってしまった先生を中田君がなだめる。自分のものが盗まれたのに、相手をかばうなんてなんていい子なんだ中田君。 「しかし、盗まれたのはリコーダーなんですよ。」 リコーダーと聞き、クラスの空気が一瞬でぴりついたのを肌で感じた。そんなものを盗むのは思春期という悪魔に取りつかれた男だけだろうと思っていたが、まさか男子のリコーダーを盗むやつがいるとは。恥ずかしそうな顔をしている中田君の顔を見ると俺は怒りが込み上げてきた。 「だけど、無くなったのは一番下の部分ですよ?」 中田君が恥ずかしいのか目を潤ませながら訴える。え?なんだって、一番下の部分ってあれか?三つ部品があるうちの吹くところでもなく押さえるところも一か所しかない、ぶっちゃけいらなそうなあれだろ?何だか拍子抜けしてしまい、クラスの空気も一気に緩んだ。 「なんだよ、そんなとこわざわざ盗むやつ居ねえって。それより俺サッカーしたいから帰っていい?」 そう話すのは運動するしか能がない秋元君だ。しかしそれもそうだと思い、クラスの皆も談笑を始める。すると急に、黒板を叩く大きな音が教室中に鳴り響いた。 「あぁ?お前らふざけるんじゃないぞ。今大事な話をしてるんだ。黙って席に着きなさい。」 いつもは温厚な先生が声をあらけるなんて初めてだったので、ものすごく怖かったのを覚えている。中田君に至っては自分の頭上を叩かれたため、謎に晒されてしまっている恥ずかしさと、恐怖でごちゃ混ぜになってしまったのか少し泣いていた。 「どの部分かなんて関係ない。リコーダーだぞ。殴る蹴るならまだいいが、リコーダーを盗むなんて、今のうちからしっかり教育し直さないと将来大変なことになるぞ。」 今思うと、確かにリコーダーを盗むなんて変態ヤバいの一言に尽きるが、まだ小学生だった俺らは先生の話している内容は全く理解できていなかった。しかし、初めて見た怒る先生が怖すぎて、盗まれたのがリコーダーの一番下の部分だったことなど忘れて俺たちは心の底から反省していた。それから先生は生徒の持ち物すべてに目を通し、特に女子には厳しく対応していた。整った容姿をしていて年上の優しいお兄さんのような先生に憧れていた女子たちは、そんな先生の鬼のような形相に睨みつけられほとんどが号泣していた。しかし被害者であるはずの中田君は、そんな先生に手を引かれながら怒鳴り声をそばで聞かされたことにより号泣どころの騒ぎではなくおびえ切っていた。先生による尋問は夜まで続き、俺たち子どもを心配する電話も無視して、話し合いはカギ閉めのおじさんが巡回しにくるまで続いた。怒られ続けたことにより、精神的に疲労していた俺らであるが、恐怖からの熱に一週間悩まされた中田君と比べたら全然いい方だったのだろう。それから先生を怒らせるのはご法堂だと皆の中に暗黙のルールができた。犯人が名乗りをあげなかったため、それから数日はピリピリしていた先生だったがそれもある程度落ち着いたころ、俺は掃除の時間に先生の机の引き出しから信じられないものを見つけてしまった。それはそう、あの例のリコーダーの下の部分である。しかも、無造作に置かれているのならまだしも、プラスチックでできたチャック付き袋に大事そうにしまわれていた。その頃は、この世の汚い部分なんてこれっぽっちも知らない俺だったが絵も知れぬ恐怖を抱いたのを覚えている。俺らが四年に上がるタイミングで先生は転勤してしまったのと、恐怖から問いただすことが出来なかったため真実のほどは確かではないが、真相は何だったのか。年を追うごとにうっすら真相に気づいてしまった俺であるが、闇の中だということにしておこう。
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