Case.1 人造乙女殺害事件

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「悪い?」 「なんでそう喧嘩腰なのさ。現場にあたしもいたの忘れてない? 夏織にはまだ話してないし、まずは今日のとこ、どうするのかは決めとこうよ」  ぶなんな提案だった。真木はさっそく、ノートに記された文面を指さす。 「このさ、①のところの人造乙女ってなに? ひょっとしてあの生首のこと?」  うっかりしていた。昨夜、ネモから得られた情報は、まだ真木に共有する気にはなれない。ぶっきらぼうに首肯して、なるべく詮索されないように慎重にうなずく。 「そう」 「うむ、悪くないネーミングセンス。採用いたす。にしても犯人……犯人ねぇ。あの顔をみるかぎり標的は名鳥さんなわけでしょ。あの子を妬むってのは想像つくなぁ」 「私は、光梨の口からひとの悪口とか聞いたことない」 「それは名鳥さんだからできることっしょ。あの子はまあ、見るからに持ってる側だ。他人の粗探しとかしなさそう」 「……綺麗すぎるから?」  ネモの言葉を思い出す。消費するために瑕疵をつける。美しいものだって、簡単に壊れるのに。 「それだけじゃなく、あの子は実力主義の吹部(すいぶ)でペットのパートリーダーやってる。美人で能力が高くて矢面に立つ覚悟もある。どうにも、テストの順位も悪くないらしいね。……やりたくてもそれができない人間からしたら、羨望の的になるか、そうでなきゃ嫉妬の対象」  こうした人間関係のいざこざに関して、真木の洞察はいやに鋭い。あきらには想像が及ばない範囲までするすると解き明かしてしまう。 「いわゆる……負け犬の遠吠え。持たざる側にとって恵まれてるひとって、無性に妬ましいもんでしょ」  そして、真木は顔の見えない誰かのことを評論するとき、皮肉っぽく笑いながらもどこか深刻な目をしている。それを、彼女自身は気づいているのだろうか。 「なら、①について、犯人の特定は保留か。現状では、特定の集団の意志なのか、個人の犯行なのかも絞れない」 「ま、あやしいのは吹部(すいぶ)の女ども……おっと、いまのは失言。あきら、ごまかしてごまかして」 「ここ教室……。②は? 行方知れずのピエタ首像はいまどこにいるのか」 「これもよくわからんな。そもそもなんで美術室から消す必要あったん?」  ポン――と、通知音が鳴った。  スマートフォンを確認するとネモから連絡が届いている。昨夜はお互い捜査に進展があったら落ち合うつもりで〈テラリウム〉を離れた。海底から送られてきた文面は簡潔だ。  【疑問点】  ①美術室に人造乙女の首を置いた犯人は何者なのか。その思惑は?  ②ピエタ首像はどこへ消えたのか。  ③一連の事件は、ジェスター様の呪いなのか。(美術室に残されたカードは犯人による犯行声明?)  罫線上にさらさらとシャープペンシルを走らせていると、頭上に淡い影が落ちてきた。誰かきたらしい。 「よ、あきら。昨日は先に帰っちゃってすまんね」  真木だ。めずらしいことがあったものだ。クラスメイトでもある彼女は、教室では滅多に話しかけてこない。 「名鳥さん休みだって?」 「あれだけのことがあったんだ。無理もない」 「で、あんたのそれは敵討ちか」  敵討ち。適切な表現かはさておき、被害者が光梨でなければ、あきらがここまで躍起になることはなかった。  犯人は何者なのか。仮にジェスター様による鉄槌なのだとしても、その正体は謎に包まれている。〈テラリウム〉上にも正体を特定できるような材料はなく、尻尾すら掴めてはいない。  これがいじめなら、早急に信頼できる大人に相談して解決をはかるべきだ。けれどそれをするのは光梨にとって酷な選択でもある。……とりわけ今回は、事件の裏に学園の外が関係しているかもしれないから。  人間関係のいざこざに、子どもも大人もあるのだろうか。  この件だって、あきらにしてみれば、ニュースで報じられるような大きな事件と本質的には変わらない。  犯罪によって傷ついた被害者が、加害者に対して賠償や責任を求めるから訴訟に発展する。痛みは禍根を残す。ひとは償いを他人に求める。  自分の正しさを折り曲げて、なにも求めず、だれとも争わないならば、水底に沈んだ痛みは地表のどこにも浮上してこない。  光梨がどんな道を選ぶかも、本来は彼女次第だ。  ひとりはひとりのために――。そう旗を掲げたからには、放ってはおけないけれど。これはあくまで、あきらが勝手にひとりで憤っているだけだ。そもそもすべては無駄な抵抗なのかもしれない。  ――けど、だからなんだ。 「悪い?」 「なんでそう喧嘩腰なのさ。現場にあたしもいたの忘れてない? 夏織にはまだ話してないし、まずは今日のとこ、どうするのかは決めとこうよ」  ぶなんな提案だった。真木はさっそく、ノートに記された文面を指さす。 「このさ、①のところの人造乙女ってなに? ひょっとしてあの生首のこと?」  うっかりしていた。昨夜、ネモから得られた情報は、まだ真木に共有する気にはなれない。ぶっきらぼうに首肯して、なるべく詮索されないように慎重にうなずく。 「そう」 「うむ、悪くないネーミングセンス。採用いたす。にしても犯人……犯人ねぇ。あの顔をみるかぎり標的は名鳥さんなわけでしょ。あの子を妬むってのは想像つくなぁ」 「私は、光梨の口からひとの悪口とか聞いたことない」 「それは名鳥さんだからできることっしょ。あの子はまあ、見るからに持ってる側だ。他人の粗探しとかしなさそう」 「……綺麗すぎるから?」  ネモの言葉を思い出す。消費するために瑕疵をつける。美しいものだって、簡単に壊れるのに。 「それだけじゃなく、あの子は実力主義の吹部(すいぶ)でペットのパートリーダーやってる。美人で能力が高くて矢面に立つ覚悟もある。どうにも、テストの順位も悪くないらしいね。……やりたくてもそれができない人間からしたら、羨望の的になるか、そうでなきゃ嫉妬の対象」  こうした人間関係のいざこざに関して、真木の洞察はいやに鋭い。あきらには想像が及ばない範囲までするすると解き明かしてしまう。 「いわゆる……負け犬の遠吠え。持たざる側にとって恵まれてるひとって、無性に妬ましいもんでしょ」  そして、真木は顔の見えない誰かのことを評論するとき、皮肉っぽく笑いながらもどこか深刻な目をしている。それを、彼女自身は気づいているのだろうか。 「なら、①について、犯人の特定は保留か。現状では、特定の集団の意志なのか、個人の犯行なのかも絞れない」 「ま、あやしいのは吹部(すいぶ)の女ども……おっと、いまのは失言。あきら、ごまかしてごまかして」 「ここ教室……。②は? 行方知れずのピエタ首像はいまどこにいるのか」 「これもよくわからんな。そもそもなんで美術室から消す必要あったん?」  ポン――と、通知音が鳴った。
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