Case.0 美術室の遺書

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 読み終えて、ぞくり、と肌が粟立つ。  几帳面そうな細やかな字で綴られていたのは、淡く儚くも切実な想いの告白だった。  そしてこれは。おそらく。 「……遺書、だ」  あきらはそう、強く直感する。こんなことをするのは悪戯にしても意地が悪い。露見を期待してからかうような謎を撒いて。まるで静謐な美術室を冒涜するかのような行為。  腹の底から沸々とこみあげる熱を理性で冷ましながら、あきらは冷静であろうとつとめる。あたうかぎり感情に身を任せるべきじゃない。それをぶつけてもいいのは、白いカンバスの上でだけ。  深呼吸をすると、絵具のすえた油の匂いが肺を満たした。遺書を手に暮れなずむ夕日を浴びて、薄明色に染まった美術室で、あきらはまだ思案している。  ――いったい、誰がこんなものを残したのか。  考えあぐねたところで答えは出ない。  そうだ、こんなときはあのひとに尋ねてみよう。あきらの脳裏には至極当然のアイデアが閃く。相談相手として適任の相手ならばひとりいる。あのひとならまちがいないはずだと、まっさきに名前が思い浮かんだ。  スカートの内ポケットに仕舞いこんだままの携帯を取り出して、アプリを起動。液晶画面の上で指先を踊らせてチャットウィンドウに文章を打ち込む。 〈アキラ:こんばんは。私です。今夜も海の底で会えますか?〉
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