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プロローグ(4)
「……ごめんね、花帆ちゃん。あなたがまだそんな状態なのに、こんな話をするのは酷だとはわかっているんだけれど……やえさんの家、手放そうって話が出ているの」
「……えっ……?」
ぐらりと身体が揺れて、受話器を落とすかと思った。けれどこれはきっと聞き逃してはいけない話だ。電話台に手を乗せて身体を支え、受話器を強く握り直した。
やえおばあちゃんの家を引き継げる――つまり、引き継ぎたい大人が誰もいなかった、と叔母さんは言った。
そうなると、この家の維持費を誰が負担するのかということも含め細々とした問題が起こり、だったら早めに手放してしまったほうがいいだろうという結論に至ったということを、申し訳なさと仕方なさを含んだ声が耳を通って脳に届く。
話の内容としては理解できたけど、全然意味がわからなかった。
この家を手放す……売るって叔母さんは言った?
「それでね、そういうことになるなら花帆ちゃんは私の家にきたらいいと思っているの」
悪い話を忘れさせようとするみたいに、叔母さんが今度は明るい口調になってどんどん話を進めていく。
「長く育った場所を離れるのは、最初は寂しいかもしれないけど……家にはあなたと年の近い息子もいるしすぐ慣れるわよ。進学先だって大学も専門学校も近くにたくさんあるし……」
叔母さんの明るさと反比例して、私の心はどんどん影に覆われていくみたいな感覚に襲われる。
「あなたにとって悪い話ではないと思うの。きっとやえさんも、姉さん夫婦も花帆ちゃんにはいい学校に行ってもらいたいはずだし……どう?」
「どうって……そんなこと言われても……。どうして、おばあちゃんが死んじゃったばかりなのに、そんな簡単に手放すとか引っ越しとか出てくるんですか……?」
「それは……大切なことだからよ。おばあちゃんのお家のこともあなたのことも」
どうにか口にした反抗を、『大切』という大人にとっての都合のいい解釈で封じるつもりなんだ、と思った。
そんなことを言われても信じられるわけがない。誰も私とやえおばあちゃんがここでどんな風に過ごしてきたのか知らないのに。
ここが、私たちに……私にとってどれくらい本当に『大切』なのかわかっていないのに。
思わず叫んでいた。
「私にとって大切なのはこの家です! 私も大切だっていうなら、どうして私の気持ちや意志を無視するんですか? 叔母さんの言ってることは全部大人の都合でしかないです……!」
「花帆ちゃん……」
電話台に置いていた手で、両目を覆う。
どうして、何で、こんなひどいことを言うんだろう、という非難と、叔母さんの――つまり大人の言うままになっていたら、ここを失ってしまうという焦り。
私はずっとここにいたい。やえおばあちゃんがいないとしても、ここを守りたい。お団子屋だって私が継ぎたい。
はっと、息を詰めて顔を上げた。
そうだよ、私がいる。私がお団子屋を継いでいくなら、この家は残せる。
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