10.大きな過ち【豪】

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10.大きな過ち【豪】

あれ以来冬樹とは連絡を取っていなかった。彼から連絡が来ることはまずほとんどないし、俺からは彼の反応が怖くて連絡できるはずもなかった。 しかし、ぐだぐだしているうちにその時が来た。 カレンダーの通知機能が冬樹のヒート予定日を知らせてきたのだ。いつもなら冬樹の方から「始まった。いつ来られる?」とメッセージをくれる。しかしそれから一日経っても二日経っても彼からの連絡は無かった。 「くそ、まだ怒ってるよな。俺から謝らないと……」 俺は努めて平静を装い、彼にメッセージを送った。 「この間は俺が悪かった。そろそろヒートじゃないのか? ――と。これでいいよな」 送信ボタンを押してそわそわしながら出掛ける準備をして待っていたら、すぐに返事が来た。 『ごめん、風邪ひいてて熱がある。うつるから今回は来なくていい』 なんだって――? 俺は試されてるのか。 まだあのとき無理矢理やったのを怒っているのだろうか。それとも本当に熱があるのか? ヒートを一人で乗り切るのはつらいのに、それでも俺と顔を合わせたくないほど嫌なのか。 俺は考えれば考えるほどわからなくなって、アランに電話を掛けた。 『お前な。俺に電話してる場合じゃないだろう。いいからさっさとフユキの見舞いに行け。これから会議なんだ、切るぞ』 「待ってくれよ! 来なくていいって言われてるんだぞ。行ってもいいのか?」 『子どもじゃないんだから自分で考えろ。熱出してる恋人を見捨てる男がどう思われるかわからないのか?』 「そ、それもそうだな。わかった。行くよ」 『ああそうしてくれ。もうこんなくだらないことでいちいち電話してくるなよ』 そうだ。俺は何を血迷ってるんだ? 熱を出した恋人の見舞いに行くのは普通だ。冬樹がなんと思おうと、俺は……会って謝りたい。 でも謝っても許してもらえなかったら? ――いや、考えるな。とにかく冬樹の嫌がることはもうやめる。それで、ちゃんと番になって大事にする。冬樹が俺の子を望んでないなら、子どもは諦めてもいい。ああやって俺からのプレゼントを捨てもせずにきちんとしまっているんだ、まだ望みはあるはず。 まだ俺を捨てると決めたわけじゃないはずだ。 ◇ 俺は老舗の果物専門店で一番良いメロンと、季節外れだが冬樹の好きな苺を買った。こんな物で許してもらえるとは思えなかったが、手ぶらで無防備に立ち向かう勇気がなかった。 玄関前で合鍵を差し込み、回す前にふと思い立つ。 ――待てよ。花も買って来たほうがよかったのか。いや、入院の見舞いなわけじゃない。それに冬樹の部屋に花瓶なんて無い。 俺は逃げ出したい気持ちをなんとか抑えてドアを開けた。 「冬樹、見舞いに来たぞ――」 まず目に入って来たのはベッドに横になっている冬樹の白い背中と、それに触っている男の姿だった。 「え、豪?」 俺の声に冬樹が振り向いた。 背を向けていた男もこちらを見て口をぽかんと開けている。先日冬樹の研究室で見た奴だった。 さっきまでのいじけた気持ちはどこかへ失せて、怒りで一気に頭が沸騰した。男の襟首を掴んで冬樹から引き剥がす。 「お前、ヒート中のオメガの部屋に上がり込むのがどういうことかわかってるのか?」 「え、な……」 「豪! やめろよ、遼太はそんなんじゃ――」 「冬樹は黙ってろ。おいそこの眼鏡、どこまでやったんだ? 冬樹が俺のオメガだとわかっててこの部屋に来たのか? 覚悟はできてるだろうな」 遼太と呼ばれた男は、俺の威嚇を受けてガタガタと震えだした。アルファ同士なら威嚇フェロモンの応酬になるところだが、彼はベータのようで抵抗もできずに地べたに這いつくばっていた。 それを見て冬樹が立ち上がり、俺の腕を掴んだ。 「豪、やめろって!」 「黙れ!」 「あ……」 怒りで我を忘れ、俺は冬樹のことまで思い切り怒鳴っていた。 ――しまった。謝罪に来たはずなのに、俺は何を――……。 「いっ……痛た……」 「え?」 冬樹が突然腹を抑えて床にうずくまった。 「どうした、冬樹」 屈んで顔を覗き込むと青い顔をして額に汗を浮かべている。 冬樹に向けたわけじゃないが、俺の攻撃的なフェロモンが彼に影響したかもしれない。俺が焦って冬樹の名前を呼んでいるとベータの男が言う。 「あ、あんた……先輩は妊娠してるんだぞ! 威嚇のフェロモン撒き散らすとかありえないだろ」 そう言いながら彼はスマホで救急車を呼んだ。 「妊娠……? 誰の……」 まさか、この遼太という男が父親なのか? 「しっかりしてくれよ。あんたの子に決まってるだろ!」 「俺――?」 彼は呆然としている俺の手から冬樹を受け取ってそっとベッドに寝かせた。こちらを見て彼が言う。 「話に聞いてたよりも酷そうだな。久藤先輩はつわりで寝込んでたんだ。妊娠したことをあんたに言うのがおっかなくて、具合悪いのに頼る人もいなくて……俺が食べるもの持ってきた。風呂にも入れてないって言うから身体を拭いてたんだよ!」 よく見ると彼の足元に濡れたタオルが落ちていた。頭に血が上って全然目に入っていなかった。 「俺は帰ります。あとは二人でちゃんと話し合ってくださいよ。これ、母子手帳。ここにかかりつけのクリニックとか書いてあるから救急隊員に見せて」 「あ、ああ」 「大丈夫ですよね?」 「……大丈夫だ。悪かった……ありがとう」 遼太という男は眼鏡の奥でこちらを鋭く睨んだ。そしてため息をつきながら帰っていった。
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