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6.満ち足りた気分【豪】
冬樹の部屋から俺のマンションまでは電車で二駅の距離だ。彼とセックスした後は気分が良いので徒歩で帰る。鼻をくすぐる冬樹の残り香を楽しみながら。
わかる奴には、すれ違った瞬間俺がオメガを抱いてきたとわかるだろう。
お行儀よく育てられた俺は、普段ならこんなことはしない。だが、とにかく気分が良い。俺は愛するオメガを手にしていると世界中に見せつけたい気分なんだ。
「妊娠してくれないかな、冬樹」
可愛い冬樹が俺の子どもを身籠もっていたら良いのに。番になるのはまだ先だが、その前に俺と冬樹を繋げる絶対的なものが目の前に現れるのは素敵だ。
番になって、本能的に冬樹を縛るのではあまり意味がないと思ってる。冬樹はそれを本心では望んでないかもしれないから。
だけど、血を分けた子どもなら彼にとっても愛しいに決まってる。
そうだ、良い考えじゃないか。好きでもない仮の浮気相手に時間を割かなくてもよくなる。しかも、冬樹をベタベタに甘やかしても良い理由ができる。妊娠した妻を大事にして何が悪い? ごく自然なことだ。
◇◇◇
「お前は救いようのない大馬鹿だな」
気分良く喋っていた俺のことを友人のアランが冷たく遮った。
日仏ハーフの彼はグリーンの目で俺のことを蔑むように見ている。
「何を考えてるんだよ。そんなことしてないで早くフユキをツガイにしてちゃんと愛してやれよ」
「だから、それはまだ出来ないんだ」
「お前は体裁を気にしすぎる」
「そうやって育てられたんだよ、変えられないんだ」
「お前たちの考えてることが全くわからない。愛してるのに愛してるって言わないなんて狂ってる」
「日本に住んで長いんだからわかれよ。日本の男はそう軽々と愛してるなんて言わないんだ」
「くだらない。じゃあこういう時はお前たち流に遺憾の意を表するとでも言えばいいのかな?」
「なあ、本気なんだ。茶化すなよ」
「お前がフユキにしてることをもしアオイにしようものなら間違いなく俺は家を追い出されるよ」
アオイというのは同棲中のアランの恋人だ。とても美しくて気が強い。
「だろうな」
「なあ、フユキの電話番号教えろよ。お前が言えないなら俺が全部ぶちまけてやる」
「……教えるわけないだろ」
「冗談だよ。結婚するまで怖くて俺には会わせられないんだよな?」
「うるさい」
アランみたいな美男を冬樹に会わせられるわけがない。結婚式まで彼らに接点を持たせる気はなかった。
ため息をつきながらアランが言う。
「断言するが、間違いなく病気だよ。お前は」
――そんなことはとっくにわかってる。
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