ボールに乗せて

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 75ー75。残り時間二分を切って迎えた同点の局面だった。  君の指からボールが離れたとき、コートの中では握りこぶし一つ分空気が沈んでいた。まるで深海に引き入れられたかのような息苦しさを私は味わった。皆が息をのんで見守った静寂に目を瞬いてしまいそうになる。    入れ。心の中で君に願いをかけた。あぶくのような小さな祈り。  宙で弧を描いたボールはバックボードに当たると、リング枠の上に乗り、二、三周回転した。  ボールはリングに吸い込まれていく。白いネットが軽やかに揺れた。床に落ちた鈍いボールの音が、同心円の波となって競技場に広がっていく。  揺り返すように歓声が観客席から上がる。そしてタイムアップ。勝利は君のもとへ転がり落ちた。君が選手たちの真ん中でもみくちゃにされているのを見届け、観客席を立つ。  津波のような黄色い声の応酬、駆け寄るレポーター、大きな祝福の数々。声はかけないまま帰ってしまおう。
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