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飛んで帰る月の住人。
「ん?」
月明かりに照らされたウサギは、一瞬寂し気に目を伏せ、それからすっく、と立ち上がる。
同時に乱れたスーツや、シャツのしわを軽く伸ばし、キュッとネクタイを上げた。
「そろそろ帰るよ」
「あ、ああ」
呆気にとられつつ、見送ろうと腰を上げた。が、ウサギは、そのままでいい、と止めた。
「ただ飛ぶだけだからな」
「飛ぶ?」
「言ったろ。俺は月に住んでる、月の住人だ」
ぴょん、とベランダの柵に飛び乗って、振り返る。
「ありがとな、酒も団子も上手かった」
「そりゃ、なによりだ」
俺が作ったのは真っ白い普通の月見団子だったが、喜んでもらえたなら満足だ。
ウサギは頷き、それからちょっとだけ背中を丸めた。
「……50年前も、上手かったけど」
「え?」
聞き返したが、すでにウサギは俺に背を向け、ぴょんっと月に向かって飛ぶところだった。
同時に視界はぐらり、と揺れて、世界が暗転した。
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