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あれから数十年が過ぎ。
ふと気が付くと、俺はベランダ前で寝転んでいた。
空き瓶や、空になった皿は床に転がったまま。だが、しっかりと窓は閉めてある。
ほんのりと熱を持った日差しが、閉まり切っていなかったカーテンのすき間から差し込んでいた。
「――っ」
久々に酒を飲み、夜中まで起きていたからか、すっかり寝過ごしてしまった。
今日が休みで良かった、と心底思う。
乱れた白髪交じりの頭を摩りつつ、ぐっと眉間にしわを寄せる。
「シャワー浴びるか」
着崩してそのままのシャツや、その辺に放ってあったバッグも手に取った。
そこから、するり、と白い何かが落ちる。
「ん……?」
封筒だった。表は真っ白で、裏面の下には『月の住人』と記載されている……。
「月の……!? まさか」
慌てて破り開けると、中から二枚の紙が顔を出した。
――拝啓、あの日の青年へ。
覚えているだろうかわからないが、手紙だけ残しておく。
いつかのあの日、酒と団子をありがとう。本当にうまかった。
月と地球とじゃ、流れる時間が違うから、最初で最後のつもりだったが、結局忘れられなくて、昨日も行ってしまった。
押しかけてばかりで申し訳ない。
だけどずいぶん老けていたが、変わらなくて安心したよ。
酒も安酒とは思わんかったが。
まあともかく、楽しかった。
あんたがいるうちに、また地球に行きたい。
追伸:せっかくだから俺たちの写真を撮っておいた。おニューのカメラだからな、きっと綺麗に映ってるはずだ。
大切にしてくれよ。……もちろん、身体もな。
月の住人、白ウサギより――
読み終えたあと、裏にあったもう一枚を表に出す。
そこには、酔って顔を赤くした自分と、ほんのり赤くなった白ウサギが、月明かりに照らされて写っていた……が。
「――……ピンボケしてるじゃないか」
アハハ、と口から笑いが漏れる。
そこに網戸から入り込んだ秋のひやりとした風が入り込んだ。
すん、と嗅げば、部屋の埃っぽさに交じってキンモクセイの香りがする。
「来るなら、早く来てほしいな」
呟いて、写真を棚に立て掛ける。光を浴びたそれは、少し光を反射して、キラキラと輝いていた。
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