満月の夜、近くて遠い約束をした

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「ノブキ、どうした?」  トモヤの言葉で我に返る。いつの間にか自分の世界に入ってしまっていた。  あの日、10年後という約束を受け入れたのはさておき、もう少しまともな決意表明はできなかったのかと今では思う。まあ、それで未来が変わったかといえば、それは怪しいだろうけど。 「いや、トモヤと飲んでたら、ちょっと昔を思い出しただけだよ」 「俺と飲んだらって、昔はファストフードで駄弁っていたのが、居酒屋に変わっただけだろ」 「そうだけど……、トモヤはもう少し情緒ってのを考えた方がいい」  へえへえとトモヤはつまらなさそうに頷く。サキをロマンティストと評するなら、トモヤはリアリストだ。それがトモヤのいいところなんだけど、もう少し夢を見るというか、油断してもいいと思う。 「それで、こんなことになってノブキはサキのこと嫌いになったりはしないのか?」  何が「それで」かはわからない、唐突なトモヤからの問いかけ。  今までの会話の流れでどうしてそういう質問になるかはわからないけど、答えに迷いはなかった。 「バカ言うなよ。約束の一つの結末ってだけで、僕がサキを嫌いになる理由はないよ。ただ、これからもずっと友達以上にはなれないってだけ……だから」  2年ほど前、とあるSNSでサキのアカウントのステータスが唐突に「交際中」に変わった。特にそういったことを匂わせる投稿はステータスが変わる前も後もなかったから、どんな相手でどこまで進んでいるのかといったことは未だに僕は知らない。  それからもサキとメッセージを交わしたり、会うことだって何度もあったけど、詳しいことを聞くことはできなかった。サキがはにかみながら彼氏の話なんかをしていたら、傷つく自分が容易に想像できたから。  本当はその時に諦めるべきだったんだろうけど、約束はあくまで「今から10年経ってもお互い相手がいなければ」だから、何か起こらないかななんて都合がいいことを思い浮かべて、結局今日までずっと待ち続けてしまっていた。  サキにこちらに振り向いてもらえるように努力するなり、すっぱり諦めて自分の道を探すなり、やれることは色々あったはずなのに。 「そっか。まあ、ノブキらしいな」  トモヤが笑ってジョッキを飲み干す。その笑顔は僕を小バカにするようなものではなく、何故だか清々しいものだった。 「さて、そろそろ帰るか」 「え、もう? 僕が言うのも変だけど、気を遣わないで飲み食いしていいよ?」 「俺は明日も仕事だよ。というか、ノブキもだろ?」 「僕はこの前、土日も仕事だったから、明日は代休」 「……なるほど、それは都合がいいな」  よくわからないことを言って、トモヤは伝票を持って立ち上がる。 「いや、トモヤ、今日は……」  とっさに引き留めると、トモヤはまたニッと笑った。 「よく考えたら、今日はまだ数時間残ってるしな。ノブキがこっからヤケで誰かと付き合わないとも限らないからな。それくらいの気概は見せてくれよ」  トモヤの言葉は、励ましだとわかっていても心の奥の方にチクリと刺さった。
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