0人が本棚に入れています
本棚に追加
夢見心地の気分で帰省の飛行機に搭乗し、カジノ生活が終わるのは惜しいが、慣れ親しんだ日本と約束されている職場での役職、そして日本には日本のギャンブルがある。
「やっぱ日本便はいいな、飯もうまいし、サービスもいい」
海外生活をこなしたせいでかぶれている。気が大きくなり、一丁前の成功者気取り。
「…本日は誠にご搭乗ありがとうがございました」頭を下げる客室乗務員に気さくに挨拶して飛行機を降りる。やはり本格的帰国は気分が違う。ふた回りも成長した姿を認めさせたい。承認欲求が飽和状態だ。
「お疲れ様です。ただいま、マイレージキャンペーンをやっております」飛行機と空港をつなぐ連絡路を渡り、搭乗口に着いた。航空会社の制服をきた女性職員二人がこれぞ日本のお家芸といわんばかりの客引きをしている。
「マイレージキャンペーン、倍掛けマイレージで世界どこでも行けてしまうチャンスは今だけ。その他にも国内二周分は当たり前のチャンスです。お客様どうでしょうか?やらないと損しますよ」
他の客が後ろから来る。客に押し出される波に逆らい立ち止まってじっと見ていたので声をかけられた。そうなのだ、こうやって多くは流れに従うから目の前の好機を逃す。女性職員が言う事に一抹の嘘なし。
「面白そうだね」
「はいお客様。無期限でマイレージ倍掛けできるかもしれませんよ!今だけです」
「いいね。おたくのサービスを受けて旅行に出れるなら最高だ。何をどう登録したらいいのかな?」
「はい。ありがとうございます。お客様の貴重なお時間、特に長旅でお疲れでしょう。面倒は一切ありません。箱に入ったクジを引いていただければいいだけです。倍掛けは二枚、国内二週分は四枚、その他の特典も沢山入っております。これまで一枚もハズレくじは出ていません!」
「…」
「さあ。どうぞ」
嫌な予感しかしなかった。くじ運無い半信半疑な自分までも帰ってきた。カードを選ぶ手つきと百八十度違う。不安しかない。箱から手が出る。女性職員が空の手から赤色の紙を取り上げ、糊付けされた箇所を剥がす。ハズレが出るはずがないと決め込んでいた女性職員の顔色は一瞬で笑顔が消え、曇り陰った。これでは飛行機も飛べそうもない。
「誠に残念ですが」と言うと、相方の女性職員も確認の為に空くじを確かめた。
「ああ。そうですか。残念ですね」空は激しい落雷が落ちたのを感じた。
「あのう、なにかすみませんでした」女性職員は社員としてではなく、一人の人間として墜落する男に言った。
「慣れっこですから大丈夫っす。じゃっ」
この日を境に空くじに左右される人生を彷徨うのだった。
最初のコメントを投稿しよう!