届いた先に

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 ある日、寿命が落ちて来た。  それはやさしいオレンジ色をしたまあるい光だった。その光は空からまっすぐにわたしの元へと降りてきて、ふよふよと浮いて漂っては何かを待っているようにゆらゆらと光っていた。そんな不思議な光を目の前にしたわたしは、誰に促されるでもなくそれを手に取って胸元へと押しやった。すぅ、と体内に入り込んでゆくオレンジ色の光はとてもあたたかくて、心地が良かった。そしてこう思ったんだ。これで生きなきゃ、って。どれだけの寿命が増えたのか分からないけれど、でもその分を必死に生きようって、そう思ったんだ。 *  今日も目が覚めて真っ先に目に入るのは真っ白な天井。静かな病室からは朝を始めるためのいろいろな音が聞こえてくる。そしてそれに交わるナースコールの音。走る看護師さんの足音。わたしを守るあらゆる機器の通知音。これがわたしの朝だ。ゆっくりと身体を起こすとパルスオキシメーターの値が下がってアラームが鳴った。これくらい大丈夫なのに。それでも看護師さんは心配した顔をして飛んでやってきてくれる。真っ白でまぶしい看護師さんにするおはよう、これもわたしの朝。 「あずさちゃん大丈夫?」 「あ、はい、ちょっと強く起き上がっちゃったかな」  わたしの言い訳を聞きながら看護師さんは点滴や機器を調整していく。毎朝の流れのうちのひとつが今ここにある。屁理屈だと言われてもいい、たまにはルーティンから外れた朝を過ごしてみたい。遅刻して走ってみたり、友達との会話の中で大笑いしてみたり。そんな普通だと言われていることがわたしにはできない。それもすべてこの心臓のせいだった。わたしには生まれつき心疾患があり、先月の家族も合わせたミーティングでそう先が長くないことも知らされていた。だからそんな簡単で普通なことすら、わたしにはできない。    まだやりたいことがたくさんある中でのその宣告は残酷なものだった。どこかで治ると信じていたわたしの微かな希望は医師による言葉によって打ち砕かれた。もって2年。ドナー提供者が現れない限りわたしの寿命はもう伸びない。そしてそのドナー提供者すらも取り合いの今、順番が回ってくる前に死んでしまうのが先だろう。  毎日、どうか明日が来ますようにと願い続けた。生きたいとこれだけ願っても治らないわたしの心臓は不規則なリズムで今を生きていた。  そんな静かで真っ白な毎日をただ過ごしていたある日の終わり。夕暮れ時のオレンジ色がカーテンから零れてベッドに色をつけ始める頃。空からまっすぐ、そしてゆっくりとオレンジ色の光が落ちて来た。寿命。そう直感したわたしは両手を伸ばしてその光を包み込んだ。あたたかくてやさしい、光だった。そしてそうするのが当たり前だと言うかのようにわたしはそのオレンジ色の光を胸元へと押しやった。すぅ、と溶け込むようにして体内に消えたその光はわたしの中をあたたかく照らす。一際強く輝いたあと、その光はきれいさっぱり消えてしまった。  
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