さよならアンネマリー

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さよならアンネマリー

慌てて船を岸に寄せて上がった。 急に寄ったもんだから、ぶつかりそうになった後ろの船が怒鳴ってたが、そんなことどうでもよかった。 野次馬をかき分けると、ボロの担架の乗せられた血まみれの身体が見えたんだ。 2体 そこの主人と女将の身体 暫くすると、アンネマリーが、血まみれの薄っぺらいスリップ一枚で警官に両腕を抱えられながら出てきたよ。 がりがりに痩せて、頬はこけて顔は灰色。 涙と鼻水だらけ。 目だけはぎょろりとこちらを見るけど、誰が誰だかわかってるやら… それでも、俺を見た時、手を振ろうとしていたよ …たぶんね。 それがアンネマリーを見た最後だ。 早くに客を取らされたアンネマリーに、主人は気休めにと、<あれ>をやらせた。 暫くは良かったが、馬鹿な客が、もっといいものがあるって、やらせたのがヘロインだ。 ヘロインはいけねえ…禁断症状は<あれ>なんて比べ物にならない。涙と鼻水だらけだったのもそのせいったんだよなあ… 客は、払いの代わりにアンネマリーにヘロインを打たせてやってたが、勿論主人に気が付かれて出入り禁止に…だけど、その時にはアンネマリーはもう立派な中毒患者だった。 禁断症状で暴れるアンネマリーを、病院に連れて行こうとした旦那と女将に刃物で切りかかって…って顛末さ。 ただ、一つ救いは二人とも助かって、しかも齢を誤魔化して客を取らせてたって弱みもあったもんだから、アンネマリーは実質無罪放免で釈放された。 …その後、上客の一人が見受けしたんだそうだ。 でも、もう人間らしい生活はできなくなってて…何回も療養所を出たり入ったり…便所も自分で行けない状態で20にならずに死んだって噂だよ… ああ…名前、アンネマリーじゃなくてエルケだったって…まあ、今更どっちでもいいけどな…。 最初に<アレ>さえはじめなけりゃあ、辛くっても、死ぬことは無かったんだよなあ…だからよ、俺は<アレ>が合法だって…「非違法」だってこの国は、やっぱどっかおかしいんじゃねえかって思ってるよ…人間、もっと、もっと、ってなるだろう?やっぱ…それに、アンネマリーみてえに知識のないような子は他の物も進められればどんどんやっちまうんだよ…。 あんた日本人だって?日本は「奇跡の国」って言われてるんだってよ。 先進国の中でも薬の乱用者が少ねえってな。いいこった。…アンネマリーみたいな子は増やしちゃいけねえよ… 「…幸せだったんですね」 「はあ?」 「アンネマリーさんは幸せだった…薬のおかげで」 「…話の意味わかってんのか?あんた」 「いやな事は忘れられる…辛いことも耐えられる。亡くなったのは残念ですが、きっと生きていても、辛い人生だったでしょう」 「…おい」 「私は、日本にもっともっと、薬を広めたい、この国のように合法に…いえ、それじゃあ足りない。いろんな種類を…」 「馬鹿か…死ぬじゃねえか」 「…日本人は、死んでるように生きてる大人達…口を開けば死にたい死にたいって言う女の子達で溢れてるんです」 「……」 「これが幸せになる鍵なんですよ…死の直前まで幸福感に包まれる…」 唖然として黙ったままの老人をそのままに、その日本人は立ち上がり 「酒の肴に、いいお話を聞けました。ヒントになりましたよ。さようならおじいさん」 挨拶をして、酒場を出てゆこうとしたが、ふと気づいたように振り返り 「さようなら、アンネマリー」 そう言って扉を閉めた。
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