【file 1.痛風の仲間をフォローせよ! ~初陣は毒舌と共に~】

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【file 1.痛風の仲間をフォローせよ! ~初陣は毒舌と共に~】

 ちんちくりんな水色スーツがこちらを見ていた。  ショーウィンドーに映る自分は、特撮ヒーローを彷彿とさせる水色のスーツ姿だった。フルフェイスなマスクのお陰で、顔は隠れている。  ただ、身体のラインがはっきり見えるこのスーツ。よく言えば「スレンダー」だが、低身長な上に手足が短いせいか、「ちんちくりん」にしか見えなかった。  哀しいが、これが自分の現実だ。  おまけに、胸元で控え目に主張していた膨らみは、スーツの圧力で全否定されていた。  これでは、子どもと間違えられても反論できないだろう。あまりに頼りない、「ヒーロー(ヒロイン)」のシルエットだった。  自分は一体何をしているのだろうと、「サイレントブルー」こと青峰水希(あおみねみずき)は自問した。 [『怪物』が接近。準備をお願いします]  内臓スピーカーから、司令の指示が聞こえた。マイク越しに緊張が伝わってくる。  我に返った水希は、目の前のことに集中した。今日は初陣だ。「あと数センチ手足が長ければ」などと呑気に考えている場合ではない。  ズシン、と重たい音がした。怪物が接近する足音に違いなかった。ざわつく心を抱えながら、水希は顔の知らない「仲間」を眺めた。  斜め前には、赤色スーツの男性が立っている。これがテレビならば、スタイル抜群のスーツアクターだっただろう。  ところが、「ブラッディレッド」と名付けられた彼は、リンゴ型肥満の男性だった。リーダーカラーの赤スーツは、胴周りがぷっくりと膨らんでいる。とてもヒーローらしい動きができるとは思えなかった。  一方、水希の右側には、「ヤングシルバー」と呼ばれる男性がいた。午後の日差しのお陰で、銀色スーツはきらきらしている。名前の通り、中の人物は若者なのだろう。  しかし、銀色スーツに身を包んだ彼は、枯れ枝の如く細かった。ウエスト周りだけが肥えており、丸底フラスコが立っているように見えてしまう。  こんなメンバーで勝てるの? ――つい弱気になってしまった。ズシン、という足音に、ごくりと唾を飲み込みながら。  やがて、ビルの角から『怪物』が現れた。建物の二階を超える巨体だ。円錐の上半分を取り除いたような身体は、頭頂部が茶色、それ以外は黄色かった。 「プリンかよ!」  ブラッディレッドが素早くツッコミを入れた。しゃがれた熟年男性の怒声に、びくりとする。  とはいえ、彼がツッコむのも無理はない。現れた怪物は、やたら凛々しい目をした「巨大プリン」だったのだ。 「ぼくは『プリンマン』だよ。みんな、尿酸値がんがん上がっちゃえ」  弾むような口調で、巨大プリンこと「プリンマン」は自己紹介した。ねっとりとした、気味の悪い声だ。 「何で、プリンなんですか?」 [病原の視認システム開発者の、想像力が反映されています。よって、『プリン体』はプリンの怪物として現れます]  ヤングシルバーの細い声に、司令の冷静な言葉が返ってきた。冗談のような返答だが、耳障りのいい声が説得力を増してしまう。 [さあ、戦闘開始です。マスクに内臓された音声ガイドを参考に、戦ってください]  躊躇う時間はなかった。司令の説明が終わると同時に、プリンマンが突撃してきたのだ。  水希は瞬時に飛び退いた。身体が妙に軽かった。ビルの二階まで跳躍してしまい、舌を噛みそうになる。 「〈ブラッドフレイム〉!」  レッドの迫力ある声。すぐに地面から火柱が上がった。水希が着地すると同時に、プリンマンの頭頂部が焼けた。 「ああっ! ぼくのカラメルがっ!」  プリン体なのにカラメルかよ、と水希は内心でツッコんだ。甘ったるい匂いを撒き散らしながら、プリンマンの身体はレッドへ体当たりした。 「ぐあっ! 痛風がぁっ!」  直後、レッドは左足を庇いながら転がった。坂道を転がるリンゴみたいだ。 [尿酸値の高い人がプリンマンと接触したら、痛風になります。気を付けて] 「先に言ってくれぇ!」  地べたでもがきながら、悲痛の叫びを上げるレッド。かなり痛そうだ。風が当たっても痛いから「痛風」なのだと、水希は父から聞いたことがあった。  ビール好きな父も、フォアグラ好きなゼミの教授も、痛風を発症したことがあるのだ。苦痛に顔を歪めながら脚を引きずる彼らの様子は、未だに覚えている。今のレッドはとても戦える状態ではないだろう。 「ついでに右足も発症しちゃえ!」  そんなレッドへ狙いを定めたプリンマン。再び体当たりをするつもりらしい。 「〈エアキューブ〉!」  そのとき、なぜか上空に浮いたシルバーが何かを投げた。プリンマンの「脇腹」辺りが、サイコロ状に削れる。 「お腹がぁっ! 四角ってヤダ! 可愛くないもん!」  強烈な目力で可愛さを主張されても……とツッコミたくなったが耐えた。空中を自在に歩き、空気の塊を投げたシルバーの能力は見事なものだ。  しかし、折角有利というのに、シルバーの高度はどんどん下がってきた。 「自分、高いところが苦手なんです!」  震えそうなシルバーの声。なるほど、無理してがんばってくれたようだ。  その直後、ゆっくり降下するシルバーは、プリンマンから張り手を食らってしまった。派手に地面へ叩きつけられ、水希は鳥肌が立った。 「ちょっと、無事なの?」  急いでシルバーへ駆け寄った。スーツは衝撃吸収力に優れているとは事前に聞いたが、無事だろうか?  シルバーの呻き声が、足元から聞こえた。 「あぐぁ……! 足が痛い! これが、痛風……?」 「無事だけど無事じゃなかった!」  足しか気にしていない辺り、外傷は免れたのだろう。スーツの強度が証明されたが、この状況はまずい。 「ちょっと、二人とも発症って……」 「すみません、お役に立てなくて。後は、頼みましたよ。ブルー……」  いや、頼まれても。アスファルト上でのたうち回るシルバーの姿に、水希は開いた口が塞がらなかった。  ヒーロー二人が痛風でダウンなんて、前代未聞だろう。退場するのが早くないか? 一人でどうしろと? [サイレントブルーにも優れたスキルはあります。水希さん、戦いましょう]  司令の静かな声に、頭が少し冷えた。音声ガイドの電子音声が、ようやく耳に入ってくる。   [……を使用できます。…………へ……ください]    そんなときだった。 「残るはきみか。つまんないなぁ」  はあぁ、とプリンマンから盛大に溜め息をつかれた。甘ったるい息が鼻を突く。 「……え? 何で?」 「だってきみ、尿酸値高くないじゃん。ぼく、見るだけで分かっちゃうんだよね」 「まぁ、正常値だけど」 「そういう人間に、ぼくの攻撃は効かないの。きみ、ビール飲んでる? 魚介類のつまみに、フォアグラは?」  水希は赤ワイン派だ。つまみはともかく、ビールは好きではなかった。フォアグラに至っては高級品である。水希は首を横に振った。 ほらあ、とプリンマンは再び溜め息をついた。むせ返りそうな甘ったるさが、水希を挑発してくる。 「きみみたいな人間が相手だと、ぼくが活躍できないじゃないか。ビール、おいしいよ。魚介のつまみと一緒に飲むと、尿酸値がはね上がるんだ。向こうで転がる二人みたいにさ、ガンガン飲んで人生楽しまないの?」  八の字に下がったプリンマンの眉毛が、更に神経を逆撫でしてきた。何だろう、この屈辱は。 「きみと戦っても意味ないから、適当に通行人でも襲っちゃお。あのおじさんなんて適任だな。発症すれすれの尿酸値だし」  プリンマンの鋭い目が、ぎらりと光った。その視線の先には、腰を抜かした様子のサラリーマンがいた。逃げ遅れたらしい。  まずい。周辺の市民を守るのがヒーローの任務なのに。   [〈ポイズンアイス〉を使用できます。対象に向かって、本音をぶつけてください]    ガイドの音声が、はっきりと脳に届いた。  本音を言ってもいいんだ――覚めた頭で、水希は深く深呼吸した。甘ったるい空気をわざと吸い込みながら。   「〈私、プリン嫌いなんだけど〉」    秘めていた嫌悪を吐き出した。次の瞬間、シルバーに削られたプリンマンの「脇腹」から氷柱(つらら)が生えた。 「痛いっ! 冷たいっ! 何これ……?」  傷口を押さえて俯くプリンマン。 「〈ドーナツも嫌い。というか、甘い物全般が嫌いなの。その甘い匂い、迷惑なんだけど。とんだ『スメハラ』ね〉」  伸びた氷柱がバキバキと増殖した。プリンマンは湿った悲鳴を上げた。  水希は止まらなかった。 「〈ビールも嫌いよ。炭酸は苦手なの。飲むことだけが人生の楽しみなんて、思考が古すぎる。無理に勧めたら『アルハラ』になるの、知らないの?〉」  ザクッという音に、「うぎゃっ!」という悲鳴。太い氷柱が地面から突き出たのだ。串刺しにされたプリンマンは、苦しそうにぱくぱくと口を動かした。 「〈大体、プリン体の分際で人間の楽しみを語るなっちゃ。娯楽に満ちたこの時代で価値観を押し付けるなんて、ぶち迷惑じゃけん!〉」  苛立ちの余り方言が出た。でも、言わずにはいられなかった。  バリンッと音を立てて、プリンマンは破裂した。ウニのような氷柱だけが、目の前に残った。  太陽の光で輝く氷柱は、数秒で溶けた。爽快感が全身を駆け巡る。 「えぐい……」 「痛そう……」  起き上がるレッドとシルバーの呟きを、水希は聞かなかったことにした。
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