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ロバート・デ・ニーロとメリル・ストリープの映画『恋におちて』が上映され、街角から小林明子の曲が流れていた当時、私は18歳で、就職して一人暮らしを始めたばかりだった。世間は好景気に湧いていたけれど、夜になると時々、置き去りにされたような気がして、孤独に正気を失いそうになることもあった。私は一体何を探していたのだろう。今の仕事が本当に自分に向いているのか、そんなことばかり考えながら働いていた。やりがいがある仕事というわけではなかったが、社会人として生きていくために、とにかく働いていた。そして、いつの日か誰かを愛し、愛されたいと切望していた。結婚なんてしたくないという人もいるけれど、私はずっと結婚したいと思っていた。
けれども、時は容赦なく流れ、気づけば私は54歳。結婚していないことにコンプレックスを抱えた女になっていた。まるでその埋め合わせをするかのように、ひたすら仕事に打ち込んできたものね。もし彼と結婚して、子供を産んでいたら、どんな感じだっただろうと思うことがある。
彼と別れた後、結婚した知人から、結婚したがっている男性を紹介され、付き合ったこともあったが、この人のためならなんでもしてあげたい、一緒に人生を歩んでいきたい、そういう情熱に焦がれた人はいなかったことを認めざるをえないだろう。
なぜなら、関係が終わった後に思い悩み泣いたのはあの人だけだった。それが愛にしろ憎しみにしろ、あの人に対する感情のあまりの激しさゆえに、他の男の人の入りこむ余地がまるでなかったのもまた事実だ。
今さら思い出したくもなかったが、今日があの人の60回目の誕生日。過ぎ去った時代に執着するなんて愚かな話だってわかっている。それでも、あの人への説明のつかない感情が、今も私を捉えて離さないことだけは確かだ。
実は私は、男性と付き合ったのは彼が初めてだった。
少しでも惹かれる男性の前に出ると、昔からいつも話すことができなかった。他の少女たちのように男の子に興味を示さなかったので、友達には奥手なのだと思われていたが、別に奥手なわけではなく、ただ引っ込み思案なだけだった。
多少非常識かもしれないが、あの時、あなたとの恋に落ちた私は、自分の人生を生きたんだってことが分かる。私が求めていた本物の自分。そういう思いがあった。
けれども写真の中の私は、ちょっぴり悲しそうな顔をしてコージーコーナーのケーキを食べている。この写真は、私のアパートの部屋で彼の誕生日を二人ではじめて祝った時に撮ったものだ。その写真には、私があの時肉眼では気づかなかったものが鮮明に映し出されている。
コージーコーナーのケーキか……。
私のアパートに来る時、彼はいつもコージーコーナーのケーキを買ってきてくれた。
夜遅くまでやっていたコージーコーナーが渋谷にあったんじゃないかしら……。
「はい、ケーキ」そう言う彼の声が今も聞こえるような気がした。
でも、私を本気で愛してくれる男性なら、妻と子供がいるはずがない。
事前にそんな説明はいらないはず。
「実は俺、結婚してるんだ」と言った、あの喘ぐような告白。
その瞬間、私の笑顔は消えた。
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