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「その、つまり……」私は言葉もないほど驚愕していた。胃がねじれそうな感覚に襲われ、それでも、彼から目をそらすことができず、ただ見つめ続けていた。頭の中では混乱と疑念が渦を巻いていた。
この人は何を考えていたのだろう?どうしたかったのだろう?
「そんな酷いことってある?」
疑問が脳裏をよぎる。今目の前にいる彼が、かつて私が信頼していた彼と同じ人間だなんて思えなかった。まるで別人のようだった。急に目の前に開けたはずの未来が、灰色の霧に包まれて消えていくかのようだった。結局、私は彼について何も知らないままだった。
彼は、言い訳するように言葉を並べた。「正直なところ、知らないうちにこうなってしまったんだ。気がついたら君を腕の中に抱いていて……それに君も応えてくれたから、何もかも忘れてしまった」その話の感じからして、彼はまるで今ならまだ間に合うとでも考えているようだった。彼の言葉が、これまでのすべてを無かったことにできるかのような響きを持っていて、私は心の中で呆れた。世の中にはどうしようもなくバカな男がいるものだ。一部の男なのか、大半の男なのかは定かではないけれど、少なくとも彼はその部類に違いなかった。「結婚していて、どうして私に興味を持ったの?」と尋ねる私に、彼は言った。
「結婚していようといまいと、君みたいな女性なら、男が放っておくはずがないよ」
「簡単に言わないでよ――」私は語気を強めて言った。そんな簡単な言葉で私の感情を無視してしまえるなんて、彼がどれだけ無神経であるかを思い知らされた気分だった。涙が込み上げてきた。悔しさとやり場のない怒りが胸を締めつけた。
私は彼をじっと見つめ、自分が彼の真意を読み間違えていたのだろうかと考えた。彼の目に宿る感情が、愛ではなく同情に変わっていることを感じ取り、彼との距離がぐっと遠のいた。彼は今すぐにでも自分の居場所へ帰れる人だということを、私ははっきりと感じ取ってしまった。
それでも、私はどこかでまだ希望を抱いていた。善悪を判断する能力が取り上げられたかのような無力感を感じていたが、彼に背を向ける勇気も、終わりを告げる決断力もなかった。彼にまっすぐ見つめられてしまうと、私にはすぐに終わりにすることなんてできなかった。これが神の導きなのだと思う人がいるのだろうか?
彼との関係がこのまま続く可能性は低いかもしれない。けれども、それでも私は、たとえどうなろうとも、まだ進んでいくつもりでいた。私たちの未来には確たるビジョンなどなかったけれど、とくにいまはこれまで通りに前に進んでいる感じ、喜びや安定感がつのっていく感じ、それだけでまだ満足だった。が、今の時点でそれを彼に言うのは危険すぎる。まるで彼のいいなりになると告げるようなものだ。いちばん困るのは、私が簡単に言いなりになると彼に思われることだ。確信が持てるまで、黙っていよう、突き進むしかない、そう心に決めた。
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