偶然に翻弄される世界で

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 遥か昔の話だと聞いた。親も、『それそのもの』を知っているわけではないと言っていた。  この『地球』に、ある日『巨大隕石』が落ちて来たのだという。  直径で5キロを越えるという、途方もなく大きな『隕石』。直撃を喰らった都市『インパクト・ゼロ』はその圧倒的な衝撃で一瞬にして蒸発したという。更に巻き上がった膨大な量の粉塵と世界各地で同時に発生した火山噴火による噴煙で、世界から『青空』が消えた。  太陽からの光が減り、地球は急激に冷え始めたという。  絶え間なく降り続ける雪と、下がり続ける気温。光を浴びられなくなった植物は次々と死滅し、地上から生命の姿が失せていった。  人類は脆かった。どうすることもできなかった。  自慢の科学力とやらで半年も前から『来る』と分かっていたにも関わらず巨大隕石の衝突を阻止できなかったし、冷えていく地球を止められなかった。  かつて100億にさえ届くとさえ謳われた人類は、見る影もなく骨の山と化して雪原の下に没した。 「お前たちは何処へ向かっていたのだ?」  その問いに、オレは下を向いた。 「別に。ただ何となくだ。行く宛もないし、何のために進んでいるのかも分からない」 「そうか。よければ、ここに住みつけばいい」  老人がコップに注がれたお茶を口に含む。オレの足元ではジンが硬い干し肉に少し苦戦しているようだった。 「食料なら、まだ下の倉庫に残っているはずだ。……凍っているがね。何、どうせ儂はもう長くない。遠慮はいらん」 「……人は、何故こんなことになったんだろうか」  ぽつりと呟く。 「ん?」 「親が言っていた。『これは人類の傲慢が呼んだ悲劇だ』と。『奢った人間に天が下した刑罰なんだ』と。それは本当なんだろうか」  じっと、コップから漂う湯気を見つめる。 「お前さんは違うと思うのかね?」  老人が静かに聞き返す。 「刑罰というのなら、そういう罪を犯した人間だけが受ければいい。オレやジンには全く関係がない」  なのに、どうして自分たちがこんなにつらい目に遭わねばならないのか。 「……人は何か悪運に見舞われたときに、自分や自分たちがしてきたことと『そのこと』を結び付けようとするものだ。『自分たちが○○をしたから、こうなったのだ』とね。だがそれは違う」    しわがれた声で、老人は首を横に振った。 「ただ『なった』。それだけのことなんだ。誰がいいとか悪いとかじゃあなく、ただ『そうなった』。人間に偶然を左右できる力なんてありはしないんだ。……だから、儂らはただそれを黙って受け入れるしかない」  視力を失った目で、じっと天井を見上げている。 「儂は今日こうしてお前さんたちに出会えるとも思っていなかった。これもまた運命とか日頃の行いとかなんかじゃあなく『ただ出逢った』というだけのことさね。けど……ああ、逢えて嬉しかったよ」  低い声が震えている。 「いいもんだな、『独りじゃない』ってものは……」  名も知らぬ老人は、そう言い残してその枯れた手からコップを落とした。
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