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「さて……行こうか、ジン」
3日ほど続いた吹雪が止んだのを見て、オレは『客船』の外に出た。傍らのジンも、久しぶりの外に目を見開いて尻尾を振っている。
「補給は、まぁこんなものだろう」
外に出られなかった時間を使って船内に残っていた木片をナイフで削り、縄で縛ってソリを作った。ソリには燃料と、それから船倉から集めてきた食料を積んである。あの老人が言うほど大量には残っていなかったから全部持ち出すことにした。どうせもう『使う人間』は残っていない。
ザクリ……。
自分たちがやって来た方向の先を目指し、ゆっくりと新雪の雪山を降りていく。眼の前は、見渡す限りの雪原が広がる。いつもと同じ……。
「とりあえず『海岸線』とやらを目指そうか」
ジンに語りかける。
「どうやら何キロか進めばあるみたいだし。昔、聞いたんだ。水は塩が混ざると凍りにくくなるって。だったら、海とやらは凍ってないかも知れない。そうなれば魚だっているかも知れない」
どんよりとした天気はいつも通りだが、それでも今日は何だか雪原が少しだけ明るく感じられる。
暫く歩き進めていたときだった。
「痛てっ!」
突然、頭に何かが当たった。
「……何だ?」
見下ろした雪面に、小さな骨のようなものが。
「……っ!」
慌てて見上げた遥か上に、滑空する鳥の姿があった。
「ジン! 見ろ、鳥がいるぞ! ということは、何か鳥の餌になるようなものがあるんだ!」
拾い上げたそれには尾びれらしきものが。何か魚の背骨に違いない。そして、その骨に確かな傷跡が。
「これは……」
はっきりと分かる。この『傷跡』は鳥ではない。明らかに、刃物の切り跡だ。もしも『それ』が最近のものならば。
「骨はまだ新しい……誰かいるぞ! 誰か、人間が!」
見渡した先に、空から一筋の光が差している。もしかしたらその向こうに生き残っている人間が。
「行くぞ、ジン!」
全身が奮い立つ。意気揚々と胸を張る。重かった足取りが軽くなった気がする。
「まだだ……まだ最後なんかじゃあないんだ」
とっくの昔に枯れたと思っていた涙が自然と頬を伝って落ちてくる。
心なしかジンも嬉しそうに見える。人間と犬は深いつながりがあるから、ひょっとすれば自分たちと同じように人間とともに生きている犬がいるかも知れない。仲間が!
「はは……悪くないものが落ちてくることもあるんだな」
遥か向こうから漂う風に、今まで感じたことのない独特の重みを感じる。これが『潮の香り』というヤツか。
「生きてやる。生き残ってやる……」
ザクリザクリと一歩ずつ前へと進んでいく、小さな前進。
「世界は 『偶然』で動いている。オレたちはそれに振り回されるだけかも知れん。だが、それでもなおその世界に生き残って……」
足を止め、オレは薄曇りの大空に向かって大声で叫んだ。
「例え何が落ちてこようと抗うんだ、この世界で!」
完
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