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「……え、助かったの?」
タカはそう思うと、涙を流したまま両手でガッツポーズをして、神様ではなく自分の強運を誇った。
「悪宮タカ様がこのぐらいのことで死ぬわけねぇだろ! テメー、気をつけろバカヤロー!」
タカは無事に何事もなく済んだのだと認識すると、自分の方に非があるなどとは微塵も思わずに、顔を上げると運転手に向かって怒鳴りつけ、運転席に詰め寄ろうとした。
「――え?」
タカは動き出そうとしたのだが、足が上がらずにその場から移動することが出来ずにいた。
「喋れるし――上半身は動かせる――何だよこれ」
タカは、腰の位置から上側は通常どおりに動かすことが出来るが、下側が全く動かせないことに気が付いた。
タカは膝を曲げることが出来ないので、直立の姿勢から腰を前方に折るようにして、両手で右脚を掴んで持ち上げようとするのだが微動だにしない。
まるでアスファルトにしっかりと根付いた、立ち木ならぬタカ木になったかのようにピクリとも動かない。
タカの感情は、砂漠の一日の気温の変化の如く目まぐるしく変化し、今度は大切な自分の体の一部分が動かないことによる恐怖で手の震えが止まらなかった。
周囲の人たちに助けを乞おうと、首を右手側へ向けて歩道の様子をうかがった。
「何なんだよこれ、いったいどうなってんだよ!?」
タカは思わずそう口にして、目に映っている光景を現実の出来事として受け入れることが出来ずにいた。
タカは、自分にとって好ましくないこのこの光景のリセットを試みようと、いちど目を瞑って、次は首を左手側に移動した。
そして恐る恐る、ゆっくりと閉じていた瞳を開いてゆく。
その結果は……。
「ひゃっほぉ〜い! 最悪じゃん!」
タカは絶望感から、思わず決め台詞を場違い的に発すると、いま自分が置かれている状況の言い訳を求めて吟味した。
今、自分以外の何もかもが静止している。
人も車も、風で飛ばされている乳白色のビニール袋も、まるで完璧なダルマさんが転んだを見ているような風景である。
タカは時が止まってしまったのだと思い、不安から顔をゆがめて、いちど大きなため息をついた。
そして、これは現実ではなく夢であるはずだと、両手を顔の高さまで上げて、両方の頬を思いっきり挟むようにして叩き、痛みがあるか確認しようとしたのだが……。
「イヤだ!」
自分のことを心から愛するタカには、己を痛めつけることなど出来なかった。
タカは凄まじいストレス、恐怖心から目から涙がこぼれ落ちた。
そして、これは夢であることを願った。
「いやですぅ、いやですぅ。夢で願いますぅ、これは夢でございますぅ。夢だと言ってくださいぃ」
タカが媚びるようにしてそう言うと……。
「夢じゃないよ、これはリアルだよ」
「……」
タカの左手側の空の方角から、幼い男の子と思われる声での返答があった。
「――ガキのくせに生意気に断定してんじゃねぇよ!」
タカはケンカ腰な物言いとは裏腹に、自分以外に動作している者が居ることへの喜びから、目をキラキラさせながら声のするほうへと顔を向けた。
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