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「ひゃっほぉ〜い!」
本名、二宮タカ、自称、悪宮タカの緊張指数は、明らかにこちらのことを嫌っていると思われる女性から、バレンタインデーにに手作りチョコをプレゼントされ、それを食べる時のものに迫っていた。
タカはこの緊張感と、それを上回る高揚感から、雄叫びを上げながら全力疾走をしていた。
二十八歳のとうに成人式を終えた大人が行うピンポンダッシュは、小学生が行うイタズラとは訳が違う。
法律がどうこう以前に、周囲の大人が見ていたら状況をすぐには理解することが出来ずに、思わず三度見をしてしまうことであろう。
タカはそのまま五分ほど走り続けると、自宅であるアパートへと到着した。
玄関ドアを開いて中に入ると、一目散にトイレに行き、ズボンを穿いたままフタが閉じたままの洋式トイレに座った。
タカは呼吸を乱しながら両手を膝に着いて下を向き、顔だけに焦点を合わせると、全力で走り終えたスポーツマンのように見えなくもない。
(めちゃくちゃ疲れたわ。このドキドキ感、たまんねぇ)
タカは肩で息をしながら微笑んだ。
五分ほどしてある程度呼吸が整いトイレから出ると、指定席である座布団の上にあぐらをかいた。
ワンルームで、玄関から離れた部屋の角付近にローテーブルが設置してあり、その前に一枚敷いてある座布団がタカの指定席である。
タカはテーブルの上に置いてある、ヒーローの変身後のフィギュアを二体手に取った。
「ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポーン。ひゃっほぉ〜い!」
タカは先ほど行った悪事を、フィギュアで再現した。
右手に持ったのが自分自身、左手に持っているのが、ピンポンダッシュをしたアパートのドアである。
右手に持ったフィギュアを横方向に移動させていくのに合わせて、左手に持ったドア役のフィギュアも、それに合わせて動かしていった。
「まじかよ、やらかしたわ。一件目飛ばして二件目からスタートしてたって――これじゃ、きな粉餅のきな粉に砂糖を入れ忘れたようなもんだろ。大失態だって」
タカは先ほどピンポンダッシュを行ったアパートで、緊張していたために一番端の部屋のインターホンのボタンを押し忘れていて、二番目に押すはずだった部屋の前からスタートしていたことに、回想してみて気が付き後悔した。
「くそっ! ふざけんなよ!」
タカは本日の悪事が失敗に終わったことに腹を立て、右手に持っているほうのフィギュアを、目の前の壁に向けて思いっきり投げつけた。
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