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タカは苦悶の表情を作ると、トイレへと駆け込んだ。
様式の便器のフタを上げて腰を下ろすと、左手の人差し指を額にあてて、思考の続きへと入った。
――二千円札に関しては、知らない人間がいても不思議ではない。
――ヤツらが言うには、五百円玉と五千円札がこの次元の日本には存在していないが、それ以外の硬貨と紙幣は、流通していて使用されている。
――トラックに轢かれそうになる前までオレが存在していた日本と、今いる次元の日本には共通の物もあるが、お互いの世界に存在していない物もある。
――人間にしてもそうだ。まだ裏屋敷家族四人としか接していないし、四郎以外の三人との絡みはまだ少なくて分からないことのほうが多いけど、四郎はどう考えてもズレてる。日本人の国民性の標準のガイドラインみたいなのがあったとしたら、間違いなく四郎はその中には当てはまらない。でも、全くの違う星の者とまでは言い切れないような気がする。
――四郎も存在している物も、全くの異質というわけではなさそうな気がする……少しだけ“ズレている”……。
――もともと居た所が「表・日本」だとするなら、他に「裏・日本」という次元があって、そこは何もかもが違っているのかもしれない。
――そう考えると、オレがいま存在している次元は、コインでいえば表と裏の中間に位置する所、「縁・日本」といった所か。
――互いの文化などがゴチャ混ぜになった世界。
――表日本と裏日本では、物質も存在する物もまるで違う。
――だからこの縁日本には、表日本と裏日本のそれぞれにあるはずの物が存在していたり無かったりする。なぜ?……数の帳尻を合わせているんだ。表日本と裏日本の物質、物の数を足して二で割った数がこの縁日本には存在しているんだ。
――人に関してはどうか? 知っている人物がいたりいなかったり?……表日本と裏日本の標準(模範)と言われるような人たちの、性格を足して二で割ったのが、この縁日本では標準的な性格の人となるのか? そう考えると、知り合いが存在しているのかもしれないし、していないのかも知れない。まぁ、そのうちに分かるって。人口もそうなるな。
タカはそう結論付けると、「ひゃっほぉ〜い!」で締めた。
すると「ひゃっほぉ〜い!」と、扉の向こう側から陸の声が聞こえてきた。
「真似すんな!」
タカはドア越しに言った。
「ひゃっほぉいってどういう意味なの!」
「……陸がタカ様の子分になりますって意味だよ!」
「やだよ! レベル五十から三に下がっちゃうよ!」
「うるせぇよ! レベル三のほうが弱い敵しか寄って来ないから、気楽でいいんだよ!」
「やだって! かっこ悪いよ!」
「なに言ってんだよ! レベルが低いほうがスマートでかっけぇんだよ!」
タカが弱さの美学を陸に分からせようとすると、ドアの向こう側に居るはずの陸からの応答がなくなってしまった。
タカは不安になり、「おい! そんなに考え込むなって! タカ様の哲学が理解できなくても、落ち込むことはないからな! まだ小学生なんだから気にすんな!」と、一応フォローらしきことを言った。
すると、ドアの向こう側から陸ではなく、猛獣使いモードの時の四郎の口ぶりで、「レベルの低いほうがスマートで格好いいとは、オマエはレベル高き裏屋敷一家を冒とくしとるんかぁ!」と、怒号がとんできた。
タカは慌てて戸の内鍵を解除してドアを開くと、言い返したい気持ちをぐっと堪えて、「いえいえ、レベルが高いといってもしょせん五十程度の話ですよ。四郎さんがたレベルが三兆クラスの方々は、もはや格好いいとかどうかの次元の話ではありませんよ。速すぎて誰にも見えないですから……」と、彼なりにおもてなしの気持ちをアピールし、この場は事なきを得ようとした。
「レベルが三兆だと……そんなゲームがあるわけないだろぉー! 速すぎて見えないだと……オシャレをする意味がないだろぉー! 馬鹿にしとるんかぁー!」
案の定、収拾がつかない状況と化してしまった。
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