底辺志望・男『T』

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 それから五分ほど歩くと、交通量の多い大通りへと入った。  そして、午前中に一悪を行ったオモチャ屋を通り過ぎた辺りで、何気に正面から車道のほうに目を移すと、車道のセンターライン付近に何かが落ちているのに気が付いた。 「……うぉぉぉ! まじかよお札じゃん! ――五千円、いや、万札だって! うぉぉぉぉ!」  タカは、落ちているモノが一万円札だと認識すると、ガッツポーズをして見つけた自分を誇った。  そして、左右を目視して車の流れが途切れたことを確認すると、駆け足で宝のもとへと向かった。 「好きだぁ! ――まずい、早く取らないとひかれる万円」  タカは、あまりの嬉しさに声がひっくり返った。そして、片膝をアスファルトに着けて両手を出し、まるで王様から一ヶ月分の給与袋を受け取るかのような姿勢で、高額紙幣を頂こうとした。  だがそうはさせまいと、まるで自然が意識をもったかのように、今日は朝から無風に近い天候であったはずなのに、突然に突風が発生して、タカの目の前から万札が逃げていった。 「ふざけんなって!」  タカは慌てて万札を追った。十メートルほど移動した後、ようやく車道上で屈んで万札を手に取ると、「もう、誰にも渡さない」とボソリと言って笑みを浮かべた。  そして、タカがゆっくりと立ち上がって歩道に向かおうとした直後、真横から体全体に響くような重低音が迫って来た直後に、乗用車のものよりも迫力のあるクラクション音が鳴りながら近づいて来た。 「え?」  大型トラックがタカに迫り来る。  運転手は、まさか大通りの車道のセンターライン付近の、信号機が近くに無いような所に人が立ち尽くしているなんて想定していなかったのか、法定速度以上で走行していた車両は、タカに気付くのが遅れたかのタイミングで急ブレーキが掛けられたが、衝突は免れそうにない。  タカは、タイヤにロックが掛かり減速しながらも確実に迫り来る、ミニアパートといっても差し支えのないであろう巨大な物体を目の前にし、恐怖で体が動かなかった。  よく死を覚悟した瞬間に脳が高速で回転し、周りの景色がスローモーションになって目に映るというが、無意識にそれを認識しつつも生きることへの強い執着から、これは物理的にトラックに急ブレーキが掛かり、減速しているからゆっくりに見えるのだと、無理矢理にそう感じようとしていた。  そして、手を伸ばせば車両のフロント部に触れる距離にまで危機が迫って来ると、タカは恐怖で、瞳から涙があふれ出した。 (死にたくねぇ!)  タカはトラックを見たまま、まだまだ生きたいという想いを神様に懇願(こんがん)した。  すると、奇跡が起きたのか、目前まで迫っていたトラックが突然ピタリと停止した。
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